不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第11回(最終回):連載のふりかえり、アジャイルのこれから - (page 2)

岡本修治 (KPMGコンサルティング)

2023-11-07 07:30

 筆者が携わるあるプロジェクトにおいても、クライアントが従来型で開発している案件で、ある時点までは順調、順調(スコアカード観点でいうと緑、緑)で来ていたものが、リリース時期が迫ってきたあるタイミングで突然リリース不能(赤)に陥るケースが頻発しているというものです。これは、実際に動作させて検証することができない中間成果物で進行を管理している限り防ぐことが難しい問題であると同時に、将来的に一部の開発案件がアジャイル方式で実施されるようになった後も、連携対象の開発案件がこのような形で突発的に延期され得る限りは護送船団方式から抜け出すことは難しい、ということを示しています。

 理想と現実の間のギャップや困難を承知の上で、あらゆる開発活動について、それぞれの主体がアジャイル開発の原則の適用をしぶとく進めていく姿勢が求められます。

報告させているようではダメ

 第6回および第7回では、「マインドセット」に関する内容として、リーダーからの指示に基づく「コマンド&コントロール型」の運営からの脱却と自己組織的なチームへの移行、開発に携わる開発メンバーのモチベーションの特性とそれを生かすリーダシップがどのようなものかについて解説しました。筆者の個人的な見解を述べると、マインドセットの話は技法の話よりもはるかに重要であり、前者が欠落した状態で後者をいくらまねたところで実質的な価値を生み出すことは困難です。前述の“代理指標”が典型的な例ですが、自分たちがやっていることに「魂が入っている」ことが重要なのです。

 また、自律性が求められるのは開発側だけではなく、ビジネス(要求)側も同様です。最たるものが、従来型で「定例進捗報告」と呼ばれる活動で、成熟度が高い組織ほど、「報告をさせているようではダメで、進行データはマネジメントが自分から取りに行くもの」という考え方が浸透しています。これには、報告のオーバーヘッドがいかに開発チームの生産性やモチベーションに悪影響を及ぼしているかという効率性の問題と、報告(書に記載された内容)は必ずしも実態を正確に表しているとは限らない、という信ぴょう性の問題の2つがあります。

 課題などを含めたバックログ、バーンダウン、ベロシティーおよび反復ごとのその推移などの未加工の客観的なデータを、全ての関係者が常時参照可能な状態にしておき透明性を保つことで、ビジネス(要求)側は常に状況を把握できます。一方の開発者は“報告”というそれ自体は何の価値も生まない作業に無駄な時間を費やす必要がなくなり、開発作業に集中できるようになります。

「デザイン思考」と「ジョブ理論」の補完関係

 第8回および第9回では、アジャイル開発の前と後に実施する活動として「デザイン思考」と「DevSecOps」について解説しました。さらに第10回においてはもともと小規模向け開発手法としてスタートしたアジャイル手法を、エンタープライズ向けに拡張するという観点から、2つの代表的なフレームワークであるDAと「Scaled Agile Framework(SAFe)」の考え方を説明しました。

 デザイン思考は、ロジカルシンキングとは対照的な位置づけにある思考方法(表1)であり、顧客への深い共感と発散思考を通じて解決策を迅速に導くという行為を反復、継続的に実施することを重視します。その特徴を一言でいえば、「多産多死モデル」であり、1件の商業的成功を収めるために数千件のアイデア、数百のプロトタイプ、数十の製品投入が行われることも珍しくありません。この数千件のアイデアをいかに出すかがデザイン思考の目的であり、一件一件のアイデアを大事に育てましょう、という発想とは根本的に異なります。事業開発を行うに当たり、今までにないモノを作って増やしていくのか、それとも選択と集中を進めるのか。組織のマネジメントのスタイルが管理型になっていくと、後者しか選べなくなってしまうのです。

表1:ロジカルシンキングとデザイン思考(デザインシンキング)の特徴(KPMG作成)
表1:ロジカルシンキングとデザイン思考(デザインシンキング)の特徴(KPMG作成)

 こうしたデザイン思考のアプローチは、イノベーションに関する古典ともいえる「イノベーションのジレンマ」を著したC. Christensen博士にも多大な影響を与え、それに着想を得た同博士が「理論」の形で完成させたのが「ジョブ理論」といわれています。デザイン思考は、ユーザー体験にプロダクトの属性よりも高い優先順位を与えます。顧客に想いをはせ、「顧客が片付けようとしているジョブ(用事・仕事)」というレンズを通してイノベーションを捉え直す方法であり、ここにデザイン思考とジョブ理論の共通の土台、相互補完関係があります。両者はいずれも「顧客が彼らの生活にあるプロダクトやサービスを取り込もうとする原因は何なのか」「なぜ顧客がほかのものではなくそのイノベーションを受け入れるのかを理解する」、つまり、因果関係を理解するアプローチといえます。

 これは、システム開発において根強く残る課題解決の考え方、すなわち「個々の問題が発生する根本原因を特定し、それをプロセスの外へ追いやる」という、いわば相関関係を理解するアプローチとは全く異なる思考回路を要求します。一般的に、デザイン思考ワークショップが2日間という短期間で実施されるのは、前述の「多産多死モデル」であることに加え、この特性が参加者を激しく消耗させるためでもあります。

アジャイルのこれからに関するヒント

 最後になりましたが、これからアジャイルはどこへ向かうのでしょうか。既にアジャイル開発に取り組み、スケールアップを果たしている組織は多くありますが、もはやこれまでのアジャイル開発のプラクティスだけでは限界に達していると感じている組織も少なくありません。簡単な問いではありませんが、一つの示唆を与えてくれるものとして、本稿の「『代理指標』よりも『ビジネス成果指標』を」の項でも取り上げた「フローフレームワーク」を紹介します。

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