『エスケープベロシティ』解説(第3回):企業力(1)--自分は誰と競合しているのか

栗原潔 (テックバイザージェイピー) 2012年01月06日 10時38分

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 今回は企業力の話です。前回まで(第1回第2回)のカテゴリー力の話とはレイヤーが変わってますので注意してください(『エスケープベロシティ』は最初読むと同じような話が何回も出てきて混乱するかもしれませんが、自分が今どのレイヤーにいるのかを意識しながら読むとわかりやすくなります)。

 さて、うまく衰退カテゴリーから撤退し、成長カテゴリーに参入することでカテゴリー力を確立できたとしても、そのカテゴリーの中で良いポジションを確保できなければ意味がありません。そこで(特定カテゴリー内での)企業力構築の検討が必要になってきます。

 企業力とは企業が外部(顧客、パートナー、サプライヤー)に対して持つ交渉能力の総和です。「その他大勢」の一社に過ぎず価格と営業努力だけで勝負しなければならない企業の企業力は低く、ワン・アンド・オンリーの存在であり自社のやり方(価格設定等)で外部をコントロールできる企業は高い企業力を持ちます。言うまでもなくAppleの企業力はきわめて高いと言えます。『エスケープベロシティ』では他に(Mark Hurd時代の)HPを強力な企業力を持った企業の例として挙げています。世界最大のコンピュータ・メーカーとしての購買力に基づいてサプライヤーに対して強い交渉力を行使できるからです。高いロイヤリティの顧客ベースやブランド・イメージは企業力の指標の典型ですが、規模がもたらす購買力という一般消費者からは見えにくい指標もあるということです。

 さて、企業力を構築するためには、比類のない製品やサービスを提供することで、「その他大勢」の競合他社から離れて他社が追随できない独自の位置を築く必要があります(まさに「脱出速度」のアナロジー通りです)。ここで、自社が競合する企業の集合のことを競合群(Competitive Set)と呼びます。

 企業力による脱出速度を達成するためには競合群を明確化する、つまり、自社がどの企業と競合しているのかを明確化する必要があります。現実的には、自社の典型的ライバル企業一社を選ぶことが重要です。これを参照競合(Reference Competitor)と呼びます。たとえば、現在のOracleの参照競合はIBMと言ってよいでしょう。参照競合を選ぶということは自社の戦略の方向性を明確化することに他なりません

 私事ではありますが、アナリストとしてベンダーにインタビューする時(特に新興ベンダーにインタビューする時)、私は“Who is your strongest competitor?”という質問をよくします。これによってそのベンダーの戦略が把握できます。これは、まさに無意識のうちに参照競合を尋ねていたということになります。

 競合群、そして、参照競合を選ぶ上で重要なのはビジネス・アーキテクチャです。ここでいうビジネス・アーキテクチャとは企業活動の二つの基本形態、つまり、コンプレックス・システム・モデルとボリューム・オペレーション・モデルを指します。

 コンプレックス・システム・モデルとは独自性が高い個別ソリューションを少数の顧客に提供するビジネスであり典型的にはB2Bです。たとえば、IBM、Accenture、鹿島建設などはコンプレックス・システム・モデルです。ボリューム・オペレーション・モデルとは均一な製品やサービスを多数の顧客に提供するビジネスであり典型的にはB2Cです。Apple、Facebook、大和ハウスなどはボリューム・オペレーション・モデルです。両者の特性は大きく異なるため、あるビジネス・アーキテクチャで有効な戦略が他のアーキテクチャでは有効でないケースがほとんどです。この話は『ライフサイクルイノベーション』でも展開されていました。

 ところで、ムーア氏の他の論文の翻訳記事で“complex system”に「複雑系」という訳語を当てているものがありますが、あまりよろしくないと思います。複雑系は、「構成要素の個々の挙動から全体の挙動が推測できないシステム」という述語として確立していると思いますが、ここで言っている“complex system”はそういう意味ではなく、文字通り「複雑なシステム」という意味だからです。ということで、『エスケープベロシティ』および『ライフサイクルイノベーション』では、私は敢えてカナ書きで「コンプレックス・システム」としています。

 話を戻しますが、コンプレックス・システム企業とボリューム・オペレーション企業が互いに競合するケースはほとんどありません。ゆえに、自社の競合群、そして、参照競合も同じアーキテクチャの企業から選ぶ必要があります。

 このポイントはシンプルではありますが現実には間違いが見られる領域です。『エスケープ・ベロシティ』では、かつて、サンのスコット・マクネリがマイクロソフトのビル・ゲイツを頻繁にネタにして揶揄していたケースを大いなる間違いとしています。サンはコンプレックス・システム企業であり、マイクロソフトは基本的にはボリューム・オペレーション企業です。本来的には競合でない企業をあたかも参照競合のように扱ってしまったために顧客を(さらには社員をも)混乱させてしまったとムーア氏は述べています。

 企業力は1回で終わるかと思いましたが思ったより長くなってしまったので次回に続きます(続きは週明けになると思います)。

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ZDNet Japan編集部:本稿はブログ「栗原潔のIT弁理士日記」からの転載です。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

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