「ブラック企業」という言葉が、ある種のバズワードとなってビジネス界にインパクトをあたえている。語源は諸説あるが、2ちゃんねるへの書き込みをもとにした『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』という書籍(2008年)の出版、および映画化(2009年)が、ネット上に広まるきっかけになったようだ。
ブラック企業として問題視されているのは、主に「サービス残業を含む過酷な長時間労働」「理不尽なパワハラによる社員統制」「巧妙で非人道的な解雇手段」の3点であり、特に若者の離職率が高い企業は「ブラック企業」のレッテルを貼られることが多い。
ブラック企業の実態とは?
実際に厚労省統計によると、減少傾向にあった新卒就職者の離職率が2009年以降は増加に転じている。ターニングポイントとなったのは、2008年9月のリーマンショックだろう。それ以降、雇用情勢は急速に悪化し、そのしわ寄せが若年層に向かった可能性が高い。中でも、教育・学習支援(48.8%)、宿泊・飲食サービス(48.5%)、生活関連サービス・娯楽(45.0%)が若年層離職率においてワーストスリーの業種とされた。(出所: 厚生労働省「新規学卒者の離職状況に関する資料」)
出所: 厚生労働省「新規学卒者の離職状況に関する資料」
ブラック企業に対するネット上の反応は極めて厳しい。一部の著名企業、特に自らの非を認めない辣腕(らつわん)経営者に非難が集中し、過剰なまでの炎上劇が繰り返された。その炎上の原点にあるものは、前記事「賞賛と炎上をわけるもの」にて詳しく書いたので参考にしてほしい。
使う立場の「経営者」と使われる立場の「従業員」、利益を追求する「経営者」と搾取される「従業員」。糾弾する左派からは「必然的に対立する労使関係の構図」でブラック企業が語られる傾向が強いが、果たして本当にそうなのだろうか。利益を追求するためにブラック企業の手法は有利なのだろうか。社員を追い詰めれば追い詰めるほど企業の業績はアップするのだろうか。
この記事では、安易な二項対立に陥ることなく、労働問題の根幹とも言えるテーマに光をあて、ブラック企業の経済合理性を客観的に分析していきたい。
1. 経営資源の流出
ブラック経営者の狙いどころは「劣悪な労働環境と強制的なサービス残業によるコスト圧縮」にある。まず、この直接的な経済合理性を考察してみたい。
結論から言えばサービス残業は違法であり、労働時間が証明できれば、過去にさかのぼって残業代を支払う義務が発生する。実際に労基署の監督指導により、平成23年だけで1312法人が約146億円にも上る是正給与を支払った。併せて、不当解雇も違法であり、損害賠償請求のリスクをはらむ危険な行為だ。特に退職した社員は企業を訴えることに躊躇(ちゅうちょ)がないため、ブラック経営者は常に喉元にナイフをつきつけられた状態にあると言えるだろう。
ブラック企業がネットで頻繁に取りあげられるようになったために、厚労省も敏感になっている。2013年9月を「過重労働重点監督月間」とし、疑惑のある4000社以上に対して、労働Gメンの検査がはじまった。初日だけで1042件の電話相談が寄せられ、うち半数は20代、30代の若手社員だという。彼らはソーシャルメディアによって常に情報を交換し、企業に対する監視を強めている世代だ。自社だけは隠蔽できるという甘い考えは、ネットに疎い経営者の幻想にすぎない。