また是正給与や損害賠償を支払うリスクの他に、社員入れ替えのための実費用が発生する。採用にかかるコストは企業ブランドによって大きく異なるが、平均すると1人あたり50万~100万円程度が必要となる。実際にブラック企業は求人広告の常連となっているケースが多い。
採用コストだけでなく、新人が業務を学ぶための教育コスト、退社準備期間の人件費などを考えると、社員一人当たりの入れ替えには数百万円の経費が必要だ。それは新人社員の年間人件費にも匹敵するもので、経済合理性があるとは言いがたい。
併せて、劣悪な労働環境、人の出入りが絶えない企業に優秀な人材が残るとは考えにくい。人材流出によって組織内にスキルやノウハウが蓄積されないことも直接的な経営資源の毀損(きそん)と言えるだろう。目先の利益を追うブラック経営は、結果的に「人」「金」「情報」といった貴重な経営資源を垂れ流し、ライバル企業に提供し続けているのだ。
2. 企業ブランドの毀損
ブラック企業に関する投稿は生活者の強い反感を買うため、Twitterなどでも極めて伝播力が強く、かつ人々の記憶に残りやすい。例えば、居酒屋チェーン和民の社員過労死は、彼女の悲痛な叫びが直筆の日記というカタチで可視化されたこと、それに対して渡辺美樹元会長の「労務管理ができていなかったとの認識はない」(全文は*1) というツイート、さらに「労働局の決定は遺憾」(全文は*2)というワタミ広報からのツイートが反感に拍車をかけ、ネット上で非難の大合唱となった。それ以降、渡邉氏ないしワタミに関連する投稿は、ソーシャルメディア上で過剰なまでに反感が渦巻くようになり、幾度となく炎上を繰り返している。
現実的には、2001年に未払い残業代38億円を支払ったモンテローザ、2007年に新入社員の過労死事件を起こした大庄などの例を見ても分かる通り、労働環境の改善は居酒屋業界における共通の課題と言える。
渡辺氏もその点を強調し、自らのホームページで3年以内離職率42.8%などが業界平均を下回っていることをアピールしたが、その言葉は生活者には響かなかった。彼は自らの正当性を強調するよりも、足元の問題点を直視し、被害者への謝罪とそれに対する改善策のみを真摯に訴えるべきだった。生活者が嫌う根幹を変えない限り、ブランドイメージは変わらない。生活者の多くは、企業を理性ではなく感情で捉えているからだ。
ネガティブなブランドイメージはマスメディアの材料にもなってしまう。店舗の売り上げや利益にも影響するし、採用コストにも跳ね返る。外食産業総合調査研究センター調査によると2012年の居酒屋・ビアホールなど産業の売上高は前年比1.5%減であるのに対して、ワタミの国内外食産業の売上高は3.8%減と業界平均を下回った。特に業態別に見ると、和民4.4%減、わたみん家4.2%減と「ワタミ」であることを明示したブランドの売上減少が目立っている。企業イメージとの直接的な因果関係は不明だが、数値的な事実として触れておく。
(出所: 2013年3月期 ワタミ株式会社 決算説明会資料)