本連載「デジタル“失敗学”」では、金融分野のテクノロジや情報セキュリティの現場を渡り歩き続ける萩原栄幸氏が、日本企業が取り組むべき“デジタル変革”を失敗させないためのヒントを紹介します。
“ユーザーニーズ”にこだわると……
今回のお話は、私がシステムエンジニアのまね事をしていた頃の出来事です。システムを設計するということが、どういう仕事なのか――頭では知っているつもりでも、まだ体が追いついていないという若い時期のことでした。
ある時、直属の上司ではなく、その上の課長から「お客さまのデータベース設計や画面レイアウト、帳票類などを全て考えてくれ」という、私にとっては“おいしい話”が舞い込んできました。
後になって冷静に考えると、多忙とはいえ、こういう重要な話を新人に近い私に任せる訳がありません。「ダメ元でいいから、まずはやらせたら」という直属の上司と課長と考えから私に仕事が振られたと分かったのは、それから半年後のことでした。
私は早朝から張り切ってお客さまの企業に行き、まず全部署の関係を把握してから、新規データベースを利用する部署の特定や重要なデータ項目の切り出しを行い、当時では一般的であった階層型データベースのキーとなる項目の選定、データベース展開図、構造図、スキーマ図などの各種の図表の構造を考えていました。
最も重要と思われたのが、さまざまなユーザー部門のヒアリングを重ねて、画面設計とデータベースの構造をいかにお客さまニーズに合わせるか、という点です。そう理解していた私は、ほぼ全ての従業員にヒアリングを行い、その結果をもとにした“たたき台”を1週間後に提出すると、直属の上司と課長に約束しました。
結局、遅延によってある程度の形にできたのは約束の期限から1週間後、さらに関係部署のニーズをまとめる作業が想像以上に難航し、“たたき台”を提出できたのは3週間後でした。私は直属の上司と課長に遅延をお詫びしながら、内心で「結果はベストだろう」という気持ちでした。技術者として手を抜くようなことはしていない――そういう自負があったのだろうと思います。しかし、プレゼンテーションをした結果は、ボロクソでした。
まず指摘されたのは、成果物の提出が遅れたことでした。上司の許可を得ず、お客さまのニーズを徹底的にヒアリングしたいという私のこだわりから、提出までに3週間もかかってしまったことについては、新人に近い立場というから目をつぶってもらいましたが、最もひどい指摘をされたのは、ユーザーニーズの調査分析の結果でした。ほぼ徹夜に近い作業でさまざまな視野から分析した結果に、「ほぼ0点だ」と言われてしまったのです。
私のプライドはズタズタになり、「なぜ0点なのか教えてください。遅れたのは100%私のミスですが、調査結果の内容については大学教授にも負けないものです。数学的に、変な内容にはなっていないはずですが!」と反論しました。
そこで課長は、顔をこちらに向けて私の目を見ながら、こう話をされました。
「確かに、大学の授業ならいいだろう。こういう現状調査の結果から、『導き出されるデータベースの最適配置や人間工学によるディスプレイの入力画面と検索画面の最適レイアウト、還元帳票のプリントレイアウト、夜間バッチの業務フローを考えなさい』という課題なら、高得点かもしれない。だが、ここは学校じゃないよ。生身の人間がさまざまな営利を追求して具現化していく場所なんだ。机上の空論では済まされないのだよ」
私としては、画面のレイアウト設計においても、数学的な観点で人間の打鍵のしやすさまで検討していただけに、「どうして??」と納得できません。実は、そこが大きな盲点でした。