ユーザーと企業にとって最も無意味なことは、セキュリティーの不安を無駄に積み重ねることである。iPhoneは中国で作られているが、そこにリスクはあるのだろうか。
安全上の問題がある自動車はリコール対象となり、メーカーは処罰を受ける。自動車と比べて安全の歴史が著しく劣っているにもかかわらず、セキュリティーの貧弱な業務慣行やテクノロジー機器が、こうした監視や罰則措置の対象となることは稀である。海外スパイに対する懸念と同様、一般的な技術セキュリティーは悲惨な状況であり、これに抗うことは極めて困難である。
中国製デバイスのセキュリティーの欠陥は、動かぬ証拠などでは決してない。エクスプロイトは、ほぼすべての市販デバイスに見られる。そして、企業はこうした問題を、顧客や一般消費者に押し付けている。
彼らにとって必要なのは、前の問題から人々の目をそらすための、次のエクスプロイトやハッキングだ。憤慨は健全な反応であり、変化を求める消費者が示すことのできる数少ない手段のひとつだ。
匿名で全世界に公開できることから、最近では、私たちの最悪の衝動や考えが露呈し、悪意のある影響が伝播する傾向がある。しかし、こうした衝動は私たち人間のものであり、発言時に使用するツールによって作られるものではない。匿名のコメントが、公開のそれよりも悪質になることが多いのは、投稿者がひどい人物だからであり、こうした投稿を可能にする技術に悪意や設計上の問題がある訳ではない。
だからと言って、私たちは最新技術についての規制がない世界に住むべきではない。これと似た主張は「銃は人を殺さない。殺すのは人である」をスローガンに掲げる、米国の銃支持者にも見られるが、彼らの多くも一般市民がロケットランチャーや戦車を手にしてもいいとは思わないはずだ。武器に明確な境界線がないとすれば、サイバースペースでの境界線はどのように引くべきなのだろうか。
こうしたツールには明らかなメリットも存在するため、デジタル技術に関する規制反対の議論はより一層複雑なものとなる。マシンガンが実際に必要な理由を説明できる人は皆無だが、ソーシャルメディアは誰からも愛されており、人々はインターネットに接続した家庭用デバイスを購入しており、最新のスマートフォンやガジェットは、最新のライフスタイルには欠かせない存在となっている。
しかし、こうした技術が悪の手にわたり、“大量増幅兵器”となることで、虚偽情報のネットワーク、プライバシーの侵害、セキュリティーの大惨事を引き起こす可能性があるからといって、技術そのものが悪い訳ではない。私たちに必要なのは、より良い人々であり、よりスマートなマシンではないというのが筆者の持論だ。
法規制のポイントとなるのは、人間の本質は私たちの理想とは異なることを認め、社会のために、人々をより健全な行動へと向かわせること、そして、絶対的に必要な時には、強制力を行使することだ。
当然ながら、法律を作る側も天使ではないため、試行錯誤のプロセスを経て、より大きな善のために規範、手順、規制を進化させる必要がある。技術的な変化や普及が、常に急ピッチで進むのに対し、これは非常に時間のかかるプロセスである。
こうした戦い自体は古くからあるかもしれないが、ルールに従わなくてもいいという点で、新たな戦場は悪人に有利だ。こうした状況が続く限り、個人は警戒し続けなければならない。
この記事はAvastのブログを翻訳、編集したものです。
- Garry Kasparov
Human Right Foundation理事長
1963年旧ソ連アゼルバイジャン生まれ。現在はニューヨーク市在住。2005年からロシアの民主化運動を展開している。オックスフォード大学マーティンスクールの客員フェローとして、人と機械のコラボレーションを中心に講義を担当。ビジネスや学問、政治の領域を対象に意思決定、戦略、テクノロジ、人工知能をテーマとした講演活動を続けている。政治、認知、テクノロジ分野での執筆活動は大きな影響力を持っており、世界中の主要出版物で数多く取り上げられている。2016年にAvastのセキュリティーアンバサダーに就任した。