こうした動きは、インターネット上のアプリケーションのひとつであったはずのウェブが、自分自身をインターネット全体から切り離そうとする動きとも見て取れるという。ネットの他の部分に与える影響や整合性を重視せず、ウェブ単独でのエコシステムにフォーカスするような仕組みやルール作りは、インターネットガバナンスにおける「最悪の事態」であるとVixie氏は強く非難する。
「インターネットでは、自分のネットワークにおいては自分のルールが適用されるという原則があったが、ウェブにおいてはDoHのルールが、ネットワークのルールになりつつある。最も多くの資金を持った人が、誰であってもルールを作ることができる状況にある」(Vixie氏)
Googleのように、デバイスのOS、ウェブブラウザについて強力なシェアを持ち、オープンなDNSサービスも提供する単独の企業体が存在する現在の状況においては、プライベートなネットワークでさえも、それぞれのネットワーク管理者が十分に統治することが難しくなっていく。
こうした状況に対する懸念は国家レベルでもあり、例えば、Mozilla Corporationが同社のウェブブラウザである「Firefox」において、DoHを標準で有効にし、そのトラステッドリカーシブリゾルバ(TRR)として米国のCDNプロバイダー「Cloudflare」にトラフィックを転送することを表明したとき、イギリスの議会はMozillaとのミーティングでそのルールに反対することを伝え、結果として、MozillaがそのバージョンのFirefoxのイギリスでの出荷を停止するといった状況もあった。
Vixie氏は、世界初の近代的な国際条約として知られる「ウェストファリア条約」について触れながら、かつて国民や国家の主権は、陸上、海上、空といった、目に見える領域について、そこを自ら統治する意思と力を持っていることを明確にすることで示されたとした。そして、現在においては、宇宙、さらには「IT」、つまりサイバー空間という目に見えにくく、その境界さえあいまいな領域に対しても、組織や国家が主権を示すべき状況が生まれつつあるとした。
「今は、人間の歴史の中で、本当に重要かつ大変な時期に差し掛かっていると感じている。われわれは、このような『守るべきものを守れない時代』においても、守るべきものを守っていかなければいけない」(Vixie氏)
Vixie氏は、DoHやResolverless DNSがインターネットに招きかねない、セキュリティ上、あるいはプライバシー上の懸念を取り除くためには、技術的に可能なさまざまなアプローチが研究、検討される必要があるとし、同時に欧州連合(EU)が2018年から施行した「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)」のような、新たな対応法の整備も必要になるだろうとした。