インターネットイニシアティブ(IIJ)などが参加している「水田水管理ICT活用コンソーシアム」は6月10日、水管理の省力化に向けたIoT開発の成果について発表した。この取り組みは、農林水産省の2016年度公募事業「革新的技術開発・緊急展開事業」として行われた。2017~ 2019年度の3年にわたり、静岡県袋井市・磐田市で実施され、2020年度に事業化される。
水田水管理ICT活用コンソーシアムのメンバー。IIJのほか、静岡県や農業関係の企業、農業経営体も参画している(出典:IIJ)
IIJ IoTビジネス事業部 副事業部長の齋藤透氏は「近年、農業従事者の減少に伴い1人当たりが担う農地面積は増加している。水稲経営において、田植えや農薬散布、収穫などは機械化により省力化が進んでいる一方、水管理はいまだに手作業で行われており、労働時間の26%を占める。そのため、水稲経営の継続には水管理の省力化が必須で、低価格で操作が簡単な水管理システムが求められている」と述べる。
IIJ IoTビジネス事業部 副事業部長の齋藤透氏
こうした背景のもと同コンソーシアムは、IoTセンサーで水田の水位と水温を測定し、無線基地局を通してクラウドにデータを送信する「ICT水管理システム」を開発した。これにより農業従事者は、水田に行くことなく自宅や出先から測定データを確認したり、自動給水弁を遠隔操作して水位をコントロールしたりできる。開発事業に伴い行われた実証実験では、袋井市・磐田市に水田センサー300基と自動給水弁100基を設置し、5つの農業経営体が2年間、実際の業務に使用して効果を検証した。
ICT水管理システムの仕組み(出典:IIJ)
実証実験の結果、水管理にかかる人の移動距離と作業時間は大幅に削減されたという。例えば、ある経営体(以下、経営体A)では、保有している84カ所の水田のうち、37カ所に自動給水弁を設置。これにより、移動距離はシステム導入前の12.8kmと比べて6.6kmと半分近くになった。そして作業時間は、システム導入前の2017年度と導入後の2019年度における6~7月を比較したところ、経営体Aでは約7割、別の経営体Bでは約8割減少した。水管理にかかる労力はその年の降水量などに左右されるものの、今回の実証実験では「水管理時間を半分程度削減する」という当初の目標を達成することができたという。
IIJは、水田センサーと無線基地局の開発を担当。同センサーは「センサーボックス部」と「通信ボックス部」で構成されている。センサーボックス部が水位と水温を30分おきに測定し、通信ボックスは無線通信を行うための電池やアンテナを内蔵している。単3電池2本でワンシーズン(種まき~出荷)利用することができ、シーズン中はメンテナンスが一切不要だという。
水田センサーの開発において同社は、コストと使いやすさを追求。農業経営体から意見をもらいながら、3年間で4バージョンを試作した。その結果、水田センサーと自動給水弁の1セットで8万円程度の価格にすることができた(従来品は15万円程度)。
無線基地局には、LPWA(省電力長距離通信)の一種であるLoRaWANが用いられている。同規格には920MHz帯が用いられており、実証実験では周辺の1~2kmをカバーしたという。無線基地局は通常電柱に設置するが、IIJは最終年度である2019年度、ソーラーパネルとバッテリーを使って電源のない所でも無線通信ができるようにした。これにより、農村地帯において発生する「電源がない」という問題を解決したという。
LoRaWANを利用する最大のメリットとして、齋藤氏は「運用コストの削減」を挙げる。従来はセンサーごとにSIMを用意する必要があるが、同規格ではセンサーの数が数百台に上っても数枚のSIMで利用することができる。そのため1基当たりの年間費用は、従来品が6000円程度なのに対し、無線基地局は100円程度だとしている。
自動給水弁は、スマート農業を展開する企業の笑農和(えのわ)が開発。人の手の代わりにモーターがバルブを開閉する仕組みで、「paditch valve 01」という名前で製品化された。既設のバルブにアタッチメントを取り付けて利用するため、あらゆるバルブメーカーに対応するほか、農業従事者自身が装着することができる。モーターを動かす単1電池6本、通信・制御を行うための基盤を動かす単3電池4本で1シーズン駆動する。
笑農和 代表取締役社長の下村豪徳氏
自動給水弁も経営体から意見をもらいながら3年間で4バージョンを試作した。2018年に開発したVer.2は、静岡県で100基運用してもらい、「この操作はもっと手軽な方がいい」「このスイッチをもう少し簡単に操作できたらいい」などのフィードバックを受けたという。そして2019年開発のVer.3ではその意見を反映し、2020年に開発したVer.4では部品の数を極力減らすことで、コストダウンを図った。
加えて同社は、ICT水管理システム用のアプリケーション「paditch cockpit」も開発し、4月に提供を開始。同アプリケーションでは、水田センサーと自動給水弁の情報をグラフ化しており、水位・水温とバルブの開閉状況の関係性が分かるように設計した。開発時は、さまざまな機能を農業経営体に試験提供し、その中でよく使われていた機能や、絶対必要だという機能を搭載した。
paditch cockpitのグラフイメージ(出典:笑農和)
同コンソーシアムは今後、水田の排水管理や河川水位の観測など、農村地域におけるIT活用の幅を広げていく。また磐田市と袋井市に加え、三島市でもICT水管理システムの効果を検証する予定だという。
IIJの齋藤氏は「IoT事業ではユーザーの顔が見えづらいのが悩みだったが、今回の取り組みでは農家の方々と取り組むことができ、単純に楽しい。高齢化など日本の農業における課題に対し、ICTが果たせる役割は大きいと思うので、われわれの力を結集させて解決していきたい」と語っていた。