エッジコンピューティング環境での機械制御に特化した人工知能(AI)アルゴリズムを手掛けるエイシングは、32ビットマイコンにも実装可能な超軽量のAIアルゴリズム「Memory Saving Tree(MST)」を開発した。センサー装置や家電製品内部のチップなどこれまでAIアルゴリズムの実装が困難だった領域でもAI活用が可能になる。
AIアルゴリズムのMemory Saving Treeを実装可能な32ビットマイコン
同社は、岩手大学発ベンチャーとして2016年に創業し、マイクロ秒の超低遅延の応答性が求められる機械制御に特化したAIを開発、製造や運輸などさまざまな企業と多数のAIプロジェクトを手掛ける。これまでに独自のAIアルゴリズム「ディープ・バイナリ・ツリー(DBT)」やエッジ向けAIチップ「AiiR」などを開発している。
MSTは、メモリー量が数バイト(B)~数十KBほどで、一般的なランダムフォレストやディープラーニングに比べて数百~数千分の1という。これにより、処理性能やメモリー容量が低い制御用マイコンにもAIアルゴリズムを実装でき、家電製品やスマートウォッチ、産業制御装置などでもAIの学習や予測精度の向上が実現する。Armベースのチップの場合、同社の従来のアルゴリズムでは「Cortex-A」シリーズを推奨実装としていたが、MSTでは「Cortex-R」「Cortex-M」も範囲となり、出荷台数ベースの約92%に適用できるとしている。
代表取締役CEO(最高経営責任者)の出澤純一氏は、MSTについて「DBTもメモリー量は数MBほどでディープラーニングなどより軽量だが、3年ほど前に組み込み機器メーカーとの会話から数KBメモリー量のアルゴリズムを実現する必要性を感じ、開発を進めてきた」と話す。また、ディープラーニングなどを使用するには、PCやサーバーのCPU並みの計算資源を必要とするが、MSTはこれよりも小さなマイコンで動作できるため、エッジ領域でのAI利用の広がりに弾みが付くと期待される。
なお、DBTとMSTはともに追加学習が可能だが、DBTはMSTよりも学習範囲を広く設けることができ汎化作用に強く、MSTは汎化作用に弱いもののDBTより広範な稼働環境に強みがあるとしている。エッジコンピューティング市場のAIでは、AIを適用する現場に近い領域とデータセンターを組み合わせてアルゴリズムを開発、更新、運用するネットワーク型と、現場はもしくはそれに近い領域で行うスタンドアロン型があるが、同社は後者に主眼を置く。
出澤氏は、「5G(第5世代移動体通信システム)によりミリ秒単位の応答性を実現できるようになってきたが、車両制御のようなマイクロ秒単位のより高速応答が求められる領域でのAIの普及に取り組んでいる」と話す。
エイシング 代表取締役CEOの出澤純一氏