本連載は、企業を取り巻くサイバーセキュリティに関するさまざまな問題について、ビジネスの視点から考える上でのヒントを提供する。
場所を問わず、どこからでもビジネスを継続させるための手段の1つとして、テレワークと並びクラウドの活用が進んでいる。筆者がクラウドセキュリティの事業に携わり始めた10年以上前には、「海外のデータセンターに企業データを保管するなどあり得えない」といった見方が国内では大勢を占めていた。
それが、2011年の東日本大震災によって一変した。ディザスターリカバリー(災害復旧、DR)の観点でもクラウドに注目が集まり、同時に海外データセンターの利用にも肯定的な考え方が広がった。深刻なセキュリティインシデントによって特定のセキュリティツールに注目が集まるように、長い道のりだが、外的な要因がそれまでクラウドへの投資に消極的だった国内企業のマインドセットを徐々に変化させてきた。
国内と海外のクラウド利用、共通点と3つの違い
これまでコスト削減や俊敏性、安全性など、ビジネス的にもさまざまな観点でクラウドのメリットがうたわれてきた。しかし全体的に、国内企業は海外企業に比べてクラウド利用に積極的とは言い難い。その中で、国内・海外で類似する傾向の1つは、クラウドを利用する企業がクラウド上で稼働するワークロードの全体比率だ。
筆者が所属するパロアルトネットワークスが独自に実施した調査では、国内や海外とも平均的な企業では、自組織のワークロード全体の約4割をクラウド上で稼働させていることが分かった。その比率は国内・海外とも今後2年間で約6割になると予測されており、データセンター比率を上回るであろうという傾向も変わらなかった。
もう1つ類似するポイントがある。「マルチクラウド化」だ。海外では、既にクラウド市場をけん引してきたAmazon Web Service(AWS)に加え、Microsoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)、Alibaba Cloud、Oracle Cloudなど、複数のクラウドサービス事業者(CSP)の環境上でワークロードを稼働させる動きが進んできた。クラウドを利用する国内企業に目を向けてみても、平均的な企業では、2つのCSPを活用していることが前述の調査で分かった。少し前まで「マルチクラウドは日本にはなじまない」といった声が一部で聞かれたものの、様相は大きく変わっている。
その一方で、現在のクラウド利用に大きな違いが3つある。
1つ目が、クラウドへの投資額だ。前述の調査では、クラウドへの年間投資額が50億円未満の企業は、海外の56%に対して国内は73%に上る。サイバーセキュリティの世界でも同様の議論があるが、海外企業に比べ決して多いとは言えない。全体的な傾向としては、戦略や方向性を一度決めたら大規模に投資を行う海外の先進的な企業と、俗に言う「スモールスタート」で、まずはプロジェクト単位で投資を行う国内企業との傾向の違いが読み解けるだろう。当然ながら、どちらのアプローチが正しいかは別の議論になる。
2つ目の違いが、クラウド上のワークロードの稼働形態だ。平均的な海外企業は、仮想マシンからコンテナー、サーバーレスなど、さまざまなコンピューティングオプションを均等に使っている傾向にあり、それぞれがもたらすメリットを享受する動きがある。その一方で平均的な国内企業は、現状で仮想マシンの比率が特に高く、それ以外の稼働比率がそれほど高くはなかった。つまり、国内企業は、従来のデータセンターで稼働していたワークロードをクラウドに置き換える傾向が強いと言える。あくまで調査結果における傾向だが、新しい技術やツールの活用に積極的な海外企業と、慎重かつリスク回避を重んじる日本企業という違いとも読み取れる。ここも、どちらが正しいかは別であり、もちろんクラウドの利用目的によっても妥当性が変わってくる。
3つ目の違いは、まさにそのクラウドの利用目的にある。クラウド、IoT、デジタルトランスフォーメーション(DX)といったような取り組みは、海外では新しい付加価値の創造、ビジネスの在り方や俊敏性の変革を自組織にもたらす目的で活用される傾向が強い。一方で、国内は業務効率化やコスト削減を目的に活用されるケースが顕著だ。
クラウド投資も同様で、特に企業がクラウド移行を検討する理由の1つにコスト削減が挙げられてきた。もちろん海外でも、コスト削減は長年クラウドのメリットとしてうたわれ、利用企業が目指してきたポイントの1つだ。初期投資の段階には、ハードウェアの調達と維持・運用がクラウド環境では不要になるなど、コストメリットを一定レベル発揮できるだろう。しかし、中長期的にクラウドを使い続けると、コスト削減というメリットを発揮できなくなるという議論が海外で巻き起こり、日本でも先行利用してきた企業からそうした声が聞かれる。この議論の延長線上では、オンプレミス回帰といったアイデアも出るなど、全てのワークロードをクラウドに移行することが現実的なのかも議論されている。この観点として全体的には、「コスト最適化が最も妥当」という見方が出ている。