『エスケープベロシティ』解説(第6回):製品力--「クラス最高」を目指すのは敗者の賭け

栗原潔 (テックバイザージェイピー) 2012年01月23日 17時57分

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 少し間が空いてしまいましたが『エスケープベロシティ』の解説シリーズ、今回は製品力です。製品力とは製品の競争力、要するに顧客が高い価格を払ってくれるだけの魅力があるかどうかというわかりやすい概念です。

 製品力については具体的イメージがわきやすいのであまり追加説明はいらないと思えるのですが、一点だけ重要ポイントを紹介しておきます。これは、『ライフサイクルイノベーション』の第一部の内容を発展させたものになっています。

 イノベーションの目的は大きく差別化(differntiation)、中立化(neutralization)、最適化(optimization)に分かれます。差別化については説明を要しないでしょう。中立化とは他社のイノベーションと同等のことを行なって他社の差別化要素を無効にすること、最適化とはもはや差別化の源泉ではない要素(コンテキスト)から無駄な要素をはぶいて効率性を向上することです。

 上記のグラフはイノベーションから得られる結果を大雑把に表わしたものです(『ライフサイクルイノベーション』でも同じ図が使われていました)。イノベーションプロジェクトがうまくいって意図した目的が達成されることもあれば、失敗(Failed Attempts)に終わることもあります。失敗自体は(特に差別化イノベーションを追求していた場合には)それほど大きな問題ではありません。本当に問題なのは浪費(Waste)であるとムーア氏は述べています。

 浪費とはどういうことかというと本来意図したことと違うことを行なってしまうということです。典型的パターンは中立化イノベーションを行なおうとしていたのに他社より飛躍的に優れた製品を提供しようとしてしまうことです(これは差別化イノベーションにおいて追求すべき目標です)。

 中立化イノベーションとはできるだけ素早く他社と同じ土俵に立てるようにすることです。ここで、他社よりも優位に立とうと思って余計な時間を費やしてしまうと、自分が土俵に立てない時間が長くなり、差別化も中立化も十分に提供できない状況に陥ってしまいます。建前的には成功したイノベーションということになるかもしれませんが、多くの経営資源が無駄になります。このような無駄のひとつひとつは取るに足らないものであっても、このような状況が多数発生すると、あたかも細い無数のロープで身動きが取れなくなったガリバーのようになってしまうとムーア氏はたとえています。

 中立化イノベーションを適切に行なえていた企業の代表格がMicrosoftです。ワープロ、スプレッドシート、ブラウザ、そして(最近の例では)ゲームコンソール等々、Microsoftは他社の動きに急速に追随し、他社のイノベーションを中立化することに長けています。これらの分野では最初の段階から他社より圧倒的に優れた製品を提供していたわけではありません。とりあえず他社の差別化要素を中立化した上で後でゆっくりと市場を奪還してしまうのがゲイツ時代のMicrosoftのやり方でした。この迅速な中立化イノベーションの能力をスマートフォンやタブレットの分野で生かせていない点が同社の現時点の大きな問題と言えるでしょう。

 イノベーションの浪費のもうひとつのパターンは差別化イノベーションにおいて「クラス最高」を目指してしまうことです。真の差別化を目指すのであれば、競合他社と同じクラスに留まっていてはダメであり全く新しいクラスを作り出す必要があります。他社のパソコンよりも20%高速なパソコンを作るようなビジネスだけではいずれはコモディティ化の波に飲まれて超低利益率のビジネスに甘んじざるを得なくなります。真の差別化イノベーションはまったく別のクラス(たとえば、タブレット)を生み出すものでなければなりません。

 「クラス最高」を目指すのは敗者の賭けであるとムーア氏は述べています。結局一番高額なソリューションを提供するだけに終わるということです。個人的には、すべての分野がそうとは言えないと思うのですが、少なくともすべての要素テクノロジーが急速にコモディティ化していくITの世界ではほぼすべてのケースに当てはまるのではないかと思います。

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ZDNet Japan編集部:本稿はブログ「栗原潔のIT弁理士日記」からの転載です。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

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