日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、東日本大震災で被災した宮城・仙台営業所をJR仙台駅に直結した青葉区中央のビルに移し、1月23日にリニューアルした。10人弱だった人員も13人に増員し、4月9日には仙台のホテルに多数のユーザー企業やパートナーを集めて今後のHPの戦略を紹介した。この式に出席した日本HPの小出伸一社長に話を聞いた。
復興への強い気持ちを持つ小出社長
福島県須賀川市出身の小出社長は復興への強い気持ちを持っている
「これからのITの役割は安心・安全な社会をつくること」
小出氏は話す。1960年代からのメインフレーム全盛期から、80年代以降のパソコンブーム、2000年以降のインターネットの爆発的な普及というコンピューティングの変遷を説明しながら、仙台のユーザーやパートナーに今後の大きなテーマとして社会インフラを掲げた。
震災前の営業所は、地震の際にコンピュータのラックやキャビネットが大きく動くなど危険だったため、移転を決めるにいたったという。小出氏が震災による東北復興に本腰を入れる理由はそれだけではない。自身が福島県須賀川市出身で、今も母が1人残り住んでいるため「震災が他人事ではない。被災地域の人々と同じように復興への思いを強く持っている」(小出氏)。
宮城・仙台営業所のフロア。広くはないが、外部の人にもLANを開放しており、パートナー企業の人などが気軽に立ち寄れるようにした
同氏は「地震に加え、原発事故の影響もあり、この1年間不安な生活や風評被害を体験してきた」と話す。それゆえに、危機管理や節電対応など「新しい社会はどうあるべきかを考えるようになった」という。
新たな社会をつくるためのITという意味では、既存の枠組みを取り払うことも必要だと指摘する。
「いろいろなメーカーの技術を持ち寄り、新しい社会をつくっていく」(小出氏)。実際に、この日はHPの競業企業の参加者も多く、そのうちのNEC系企業の1人は「サーバ販売でNECとHPはOEMを実施するなど、競合しながらも協力関係にもある」と話していた。
ITに注目する仙台市
仙台空港に隣接する海岸近くの場所を訪れた。家や木々など津波が剥ぎ取ったものは無に帰したまま、1年が過ぎたことが分かる
復興のため、日本HPが提供を考えている具体的な商品やサービスは、遠隔地にバックアップサーバを設置する災害対策や、節電対策など30に及ぶ。特にディザスタリカバリを視野に入れたバックアップなどの需要が強く、仙台営業所としての売り上げは「対前年度比で20%程度増えている」(加賀屋直基所長)という。HPは、自社に経験を蓄積するために、PCに通信機能を装備させることによる完全在宅勤務や本社機能を東西で支える訓練、さらに「スマートシティプロジェクト参画にも取り組んだ」(小出氏)。
震災後、日本HPは被災地向けにサーバ監視ソフトウェアの無償利用やx86サーバやネットワークストレージの無償提供などを実施してきた。また、具体的な取り組みとして、東日本大震災で最も被害が大きかった自治体の1つである陸前高田市のシステム構築があった。陸前高田市を襲った大津波により市庁舎一階にあったサーバルームは完全に水没。膨大なデータをすべて失い、行政機能はストップした。
住居が流されたと思われる場所に埋まっていたキャラクターもののおもちゃのメダル。味噌汁のお椀、何かの会員証、靴など生活感のあるさまざまなものが今も残る
そこで、市は住民の安否確認や被災証明書に必要となる住民基本台帳システムと、復旧資金の出し入れに利用する財務会計システムという社会インフラとしての機能を優先して復旧することにした。震災直後の3月20日には、HPサーバ1台を含む2台の仮サーバの設置作業を開始し、保管していた住民基本台帳や財務会計のバックアップデータを書き戻していった。
応急処置としての仮サーバの利用後、街の復旧に合わせ行政システムを元に戻す過程で、仮市庁舎が2011年7月に高台に建設されることになった。そこで構築することになったシステムに、市はHPのブレードサーバ(ProLiant BL460c G7)導入を決めた。電力供給が制限される中で、消費電力の低さが理由になったとしている。
仙台市長の奥山恵美子氏はIT特区設立のプランを進めている
日本HPの執行役員でエンタープライズサーバストレージネットワーク事業統括の杉原博茂氏は「コンサルティングやサービスは大事だが、HPはIBMよりもハードウェア製品の提供に重きをおいている」と話す。ハードウェア、PC、プリンタ、ストレージなどとITサービスを組み合わせ、使いやすいITインフラを提供することで、社会インフラを形づくる考えだ。
この日の仙台営業所開所式後の懇親会に、小出社長と並んで仙台市長の奥山恵美子氏も姿を見せた。
「仙台市の産業状況からすると、ものづくりの分野が広がる可能性はあまり高くない。そのため、ITに注目し、仙台市独自の特区申請をしている」(奥山氏)
こうした特区の取り組みを広げることで「できるだけ経済効果を発揮できるような体制に広げていきたい」とする奥山氏。HPをはじめ、市としてITベンダーと積極的に手を取り合う考えだという。
「今の仙台は復興でとてもにぎわっている」--多くの地元ビジネスマンが指摘する通りなのか、仙台駅周辺は平日の昼間も人でごった返していた。震災をばねにした経済の発展が進めば、日本全体を支える力になる。