私物端末の業務利用(BYOD)が何かをもたらしたとすれば、それは使いやすさといった人間工学的な要素が職場に持ち込まれたということをおいて他にないだろう。「iPhone」や「iPad」「iMac」といった製品に惚れ込んだおびただしい数の従業員が職場に自らの機器を持ち込み、使用しているという現状を考えた場合、AppleはBYODブームの立役者であり、主な推進力にもなっていると言える。「使いやすさ」という課題は、かつてはIT部門で二の次とされていたものの、今では競争力をつけるために自社製品を使いやすくしようと苦心している多くのIT企業(エンドユーザー向け機器の市場には参入すらしていない企業も含む)において中心的な位置を占めるようになっている。
企業におけるAppleへの熱い視線を実証する具体的な統計データもある。IT業界の調査会社Needham & Companyの調査によると、2011年の第3四半期における企業向けコンピュータの販売成長率が全体でたった4.8%であったのに対し、Appleの同時期における企業向けコンピュータの販売成長率は43.8%に達していたという。また、調査会社のForrester Researchは、2012年1月に北米と欧州のIT企業3300社を対象に実施した調査から、企業の46%がApple製品を従業員に貸与することに好意的であるという結果を報告している。この数値は2011年の36%から上昇している。
Appleもこういった統計を無視しているわけではない。同社は2012年7月、AuthenTecというセキュリティ企業を3億5600万ドルで買収した。その目的には、指紋認証という貴重な技術を獲得することだけでなく、Apple製品のセキュリティ強度について疑問を感じている、企業の懐疑的な最高情報責任者(CIO)たちから見た同社の評価を高めることもあったのは間違いない。
しかし、企業市場に対するAppleのビジョンとは実際、どういったものなのだろうか?
Appleのビジョンが、自社のモバイル機器をコンシューマー市場にとどまらず、企業市場にも浸透させていくというものなのであれば、同社の前途は明るいと言えるだろう。ただ、Appleがこれに成功したとしても、ITリーダーの目から見た場合、同社が世界における「Android」機器や「BlackBerry」、Lenovo製品などとの置き換えが可能なコモディティ機器を調達する業者以上の存在になったことにはならないだろう。
筆者は、Appleがこのような方向ではなく、企業向けソリューションの完全な「スタック」を本気で検討する方向に進んでいってほしいと願っている。こういったスタックには、オフィススイート(モバイル向けとデスクトップ向けの双方)が含まれる。AppleのOSはWindowsと比べると、堅牢さとそれなりに高い品質(すなわち、OSレベルでのエラー発生や、再起動が必要となる状況の少なさ)を兼ね備えている。このことを考えた場合、オフィスのニッチ市場におけるシェアの向上を目指せるはずだ。また、企業向けの完全な「スタック」を用意することで、(堅牢で拡張性に優れたサーバといった)Apple製品をクラウドコンピューティングや企業のデータセンターといった世界にも浸透させられるようになる。これらは、Appleがもっと活躍できる分野であるはずだ。