日立製作所は2月23日、約1兆の500乗通りもの膨大なパターンから瞬時に“実用解”を導くという新型半導体コンピュータを試作したと発表した。この新型コンピュータは室温で動作でき、膨大なパターンから適した解を導く「組み合わせ最適化問題」を量子コンピュータに匹敵する性能で瞬時に解くとしている。
組み合わせ最適化問題では、量子力学を応用した量子コンピュータを使う計算手法が注目されている。量子コンピュータでは、一般的に使われる、情報を0と1のデジタルに置き換えるコンピュータと異なり、0と1の値を任意の割合で重ね合わせた状態を利用して並列に計算する。
1量子ビットには波のように0と1の値が任意の割合で共存できる並列性を持つため、n個の量子ビットで計算すれば、1回の処理で2nの組み合わせ(入力)に対して同時に計算できることになり、一度で解を求めることができる。
ここでは、問題を数学的処理で磁性体の振る舞いという物理現象を数学的に表現する“イジングモデル”に変換して問題を解く。イジングモデルは2つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接の格子点のみの相互作用を考慮する格子模型で強磁性体のモデル。
イジングモデル(日立提供)
現在提案されている量子コンピュータは、量子ゆらぎの多い状態から徐々にゆらぎをなくしていきエネルギー極小の状態となる最適解を求める「量子アニーリング」という計算手法を使っており、極低温にまで冷却する装置や超伝導素子などが必要となるため、大規模化が困難という課題がある。
日立は今回、半導体回路上でイジングモデルを擬似的に再現し、問題の高速処理を可能とする新型コンピュータを開発。イジングモデルでの計算処理では、部分計算するだけで全体最適に近い解である、実際のシステムで使うのに適した実用解が出せるため、処理速度を高めるとともに電力消費量を低減させられるという。
半導体を並列化することで、超並列計算を可能とし、処理速度を高めることができる。新型コンピュータでは汎用の半導体を使用するため、室温での動作が可能としている。
今回開発した技術では、磁性体の振る舞いを最適化問題を解くための物理現象として利用。具体的には、解くべき最適化問題を+1と-1の2つの状態を取る強磁性体スピンが隣接するスピン間で相互作用する振る舞いを示すイジングモデルで表現し、半導体メモリ技術で実装した。
半導体回路技術を使うことで室温動作が可能で、半導体の微細化による大規模化が容易になると説明。半導体チップを多数並べることで問題規模に応じたシステムの大規模化が可能という。
量子アニーリングで解を求めていたイジングモデルの振る舞いを、半導体CMOS回路上で擬似的に再現する「CMOSアニーリング」技術を開発。半導体回路を用いると決まった動作しかしないため、特定の最適解とは異なる準安定状態での解である“局所解”に固定されるという問題があった。
だが、このCMOSアニーリング技術では外部から特殊な回路を経て入力されるノイズを利用し、特定の局所解への固定を防ぐことで、より良い解を求めるアニーリング動作を半導体回路上で実施できるようになったと解説する。
CMOSアニーリング(日立提供)
日立は、これらの技術と65nmの半導体プロセスを用いて、2万480パラメータを入力できるコンピュータを試作機として開発。実証実験の結果、システムが室温で動作することを確認するとともに、現在の量子アニーリングでの量子コンピュータのパラメータ数512の40倍となる2万480パラメータの大規模な組み合わせ最適化問題を数ミリ秒と瞬時に解けることを確認した。
従来のコンピュータを使う場合と比較して約1800倍の電力効率を実現したという。現在の最先端である14nm半導体プロセスを使えば、1600万パラメータに対応するチップに大規模化することも可能としている。
組み合わせ最適化問題は、都市における交通渋滞の解消やグローバルサプライチェーンでの物流コストの最小化、次世代電力送電網による安定したエネルギー供給など大規模、複雑化する社会システムの課題解決で重要とされている。同社では、今回開発した技術を活用することで個別最適から全体最適まで行うシステムを構築し、大規模、複雑化する社会インフラの課題を解決する社会イノベーション事業を推進していくとしている。