デジタル教科書

デジタル教科書は学習障がいの福音だが万能ではない:東大先端研の近藤氏

羽野三千世 (編集部) 2015年07月07日 17時55分

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 学習者用デジタル教科書に期待されることの1つに、学習障がい(Learning Disabilities:LD)や肢体不自由、視覚障害、化学物質過敏症など、さまざまな理由で印刷物の教科書を読むことが困難な児童生徒に対する学習格差の是正がある。例えば、デジタル教科書が実装する音声再生機能を使うことで、読字障がいのある児童生徒は教科書の内容を音声で理解できるようになる。

 しかし、障がいのある児童生徒の学習支援を研究する東京大学 先端科学技術センター 人間支援工学分野 准教授の近藤武夫氏は、単一仕様のデジタル教科書だけで、あらゆる障がいに対応することは無理だと考える。近藤氏の懸念は、“デジタル教科書があるから十分だろう”という風潮になり、学校現場で児童生徒の個別のニーズに応じた支援が進まなくなることだ。

教科書データをDOCX/EPUB形式で配信する取り組み


東京大学 先端科学技術センター 人間支援工学分野 准教授 近藤武夫氏

 近藤氏の研究グループでは、障がいにより印刷物を読むことに困難のある児童生徒向けに、教科書の電子データを提供するサイト「AccessReading」を運営している。教科書会社から文部科学省経由で提供を受けた検定教科書等の書籍データを、Microsoft Wordで開くことができるDOCX形式、または電子書籍フォーマットのEPUB形式に変換して、同サイトから配信する。

 「DOCX形式、EPUB形式のデータは、拡大や機械による音声再生(音声読み上げ機能)に対応し、さまざまな端末や支援ツールで利用できるため、児童生徒は自分にフィットしたツールで教科書を使えるようになる」(近藤氏)

 読字困難な児童生徒を支援するための教科書には、読み間違いがないように人間が読み上げた音声や音声合成で作成した音声などの、あらかじめ録音された音声とテキストデータや画像を対応づけた「デイジー教科書」や、検定教科書の文字や図形を拡大してレイアウトし直し、印刷物として出版された「拡大教科書」もある。近藤氏は、「印刷物の利用が難しい障害のある児童生徒が、音声読み上げ機能を活用できるようになると、教科書だけに止まらず、一般書籍、ウェブ上の情報、メールやオフィス文書データの内容など、多様な文字情報を利用して学びと自立の幅を広げられる利点がある」と説明する。

 また、拡大教科書では文字サイズが3種類に固定されているが、DOCX形式やEPUB形式であれば好きな倍率に拡大できるため、個々の障がいの程度により柔軟に対応できる。読み上げ機能を使えば事前の録音や文字データとの対応付け作業が不要なので、製作にかかる時間的・人的コストも低くなる。一方で、数式の音声読み上げや、読み間違いの回避方法の確立など、残された問題もある。「どれか一つだけを解とするのではなく、選択肢を広げる工夫が重要だ」(近藤氏)

 教科書をDOCX形式化、EPUB形式化するときに苦労するのは見出しの付け方だという。「教科書会社から提供されるテキストデータは構造化されていないものが多いため、どこが見出しに当たるのか、こちらで決めてデジタル化している」(近藤氏)。米国では、教材バリアフリー指針「NIMAS(National Instructional Materials Accessibility Standard)」があり、この指針に従って、教科書会社は構造化された教科書データを国に提出することが義務づけられている。「国内でもNIMASのような指針ができて、教科書がEPUB化と特別支援目的でのデータ共有を前提として作られるようになれば、そこから個別ニーズに合わせた多様なソリューションが展開でき、読むことに支援が必要な多くの児童生徒の助けになる」(近藤氏)

教科書データを柔軟に転用できる運用が必要

 文部科学省は5月に検定教科書のデジタル化に向けた有識者会議「デジタル教科書の位置付けに関する検討会議」を設置し、学習者用デジタル教科書の在り方についての検討を開始した。近藤氏も、検討会議の委員に選出されている。

 近藤氏は、音声再生機能や拡大機能、文字をハイライトする機能などが搭載された学習者用デジタル教科書は、「LDなどのある一部の児童生徒にとって福音になる可能性がある」としながらも、単一仕様のデジタル教科書だけであらゆる障がいに対応することはできないと指摘する。

 「障がいのある児童生徒に対して、皆と同じタブレットとデジタル教科書を配布して“これを使いなさい”と言うのは間違い。その子が使いやすい、自分に合ったツールで教科書を使えるように、配慮しなくてはいけない」(近藤氏)。そのために、教科書のデジタル化にあたっては、特定のセットものを配布するだけでなく、デジタルデータを個別ニーズに合わせて柔軟に転用できる運用を用意しておくべきだと考える。

デジタル教科書は評価方法とセットであるべき

 印刷物の教科書が読めない児童生徒にとってデジタル化された教科書は、眼鏡と同じように、いつでも自分のために使えるものでなければいけない。教員の指示で使ったり使わなかったり、学校でしか使えないといった運用は、障がいのある児童生徒の学習機会を奪うことになる。「授業中に教員の指示で使う学習者用デジタル教科書と、障がいのある児童生徒にとってのデジタル教科書は位置付けが異なる」(近藤氏)

 また、障がいのある児童生徒が使うデジタル教科書の整備は、指導方法、評価方法の開発とセットで進めなくてはいけない。近藤氏によれば、読字障がいなどがある児童生徒が音声を使って学ぶことへの指導方法はまだ確率されていない。「個別のニーズにあわせ、音声を活用して学びを最大化するための指導が必要」(近藤氏)

 さらに、教科書を音声再生して学習する環境があっても、学力を評価するテストは紙の印刷物のみで実施されるケースが多い。デジタル教科書による情報をインプットする仕組みと平行して、試験問題の読み上げや、解答を音声やキーボードで記入することへの配慮など、情報をアウトプットする仕組みの整備を進める必要があると近藤氏は強調する。「障がいのある児童生徒が個々に最適なツールで学び、学力を適切に評価されて、進学や社会参加の道が広く開かれるようになってほしい」(近藤氏)

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