「ひとり情シス」の本当のところ

第1回:「ひとり情シス」の始まりはいつ?--名前の由来と発生時期を考える

清水博 (デル)

2018-05-01 07:00

「ひとり情シス」の名前の発生時期?

 昨今、IT部門の慢性的な人手不足や、IT人材の増員ができない状態が続いています。そうした背景から、「ひとり情シス」という言葉を見る機会が増えています。中堅中小企業での働き方改革が予想以上のスピードで進んでいることなども、ひとり情シスの実態を強調し、さまざまな課題を浮き彫りにさせているのかもしれません。

 しかし、「ひとり情シス」という言葉がいつごろから用いられているかと考えると、ぼんやりとした曖昧な記憶を手繰り寄せていかねばなりません。私がこの言葉を初めて耳にしたのは、1995~1996年ごろに戻ります。早いもので、もう20年以上も前のことになります。

ルーツは東南アジアにあり?

 その頃、私は外資系コンピュータベンダーのアジア太平洋本部に所属しており、駐在員として勤務していました。アジア太平洋本部が香港からシンガポールに移ったころの話です。1997年に香港の主権が英国から中華人民共和国に移ることもあり、多くのグローバルカンパニーが先を争うように、シンガポールに地域統括本部(リージョナルヘッドクオータ:RHQ)を設置するような状態でした。シンガポールがどんどん隆盛を極めていたころです。

 日本のバブルがはじけて、多くの日本の製造業が安い労働コストを求めて東南アジア諸国に向かい工場を建設しました。考えられない位の大規模な工場でした。ある顧客企業に訪問した時のことです、工場全体を見渡せるところから、「この工場は、何人ぐらいで働いていらっしゃるのですか?」と私が尋ねると、工場長は「うーん。8000人位かな。毎日10%ぐらい増減するのです」と教えてくれました。まだ高校生ぐらいの年齢の大勢の現地ワーカー達が、組み立て作業をしていました。三交代制度なので、外に出ると送迎バスが50~60台待機しており、映画でも見ているようなものでした。

セル生産方式と同時期に発生?

 そのころの私は、日本から進出してくる顧客企業の現地側でのビジネスやIT機器の調達のお手伝いをしており、シンガポールを中心として毎週のようにマレーシア、インドネシア、タイ、フィリピンなどに飛び回っていました。

 新工場が完成すると、本社からIT担当者が赴任されてきます。その方とお話をしていると、担当範囲がとても広く、現地でのPCやサーバはもちろんのこと、ネットワーク事業者との調整、オペレーターの採用面接、生産管理プログラムの現地側でのカスタマイズ、また、本社からの厳格なガバナンスやセキュリティ要件の順守など、着任したてなので、英語や現地語も話せない状況でとても苦労されていました。ほとんどの方が単身赴任で駐在していましたが、ホテルやアパートにも帰れない状況が多く見られました。

 時を同じくして、それまでの製造業における一般的な製造方式は、ライン生産方式と呼ばれる大量方式で、文字通り少品種多量生産に適していることが主流でした。しかしバブル経済を超え、1990年代に入り、消費者のニーズが多様化し、価値観の変化に対応するために、多品種少量生産を志向する企業が多くなりました。このことは、タイムリーな製品供給を実現し、在庫圧縮が期待されるものでした。

 その生産方式は、セル生産方式と呼ばれ、一人や少人数の作業者チームで製品の組み立て工程を完成まで行うものです。ライン生産方式の生産方式と比較して、作業者一人が受け持つ範囲が果てしなく広いことが特徴です。作業者または作業者チームの周辺に取り出しやすいように組付工具、部品や作業台が「コ」の字型に囲む様子を細胞という意味のセルを用いてセル生産方式と呼ばれています。特に、一人の作業者で製品を完成させる方式を、作業台を屋台に見立てて「一人屋台生産方式」と呼ばれます。

一人屋台生産方式=一人情報システム方式=ひとり情シス?

 この生産方式は、日本を代表する家電メーカーでの導入が積極的で、珍しくIT企業のマーケティングのようなバズワードとなり話題になりました。

 家電メーカーで子会社や現地工場へ単身で出向する情報システム部員の間で、自分たちの抱える寂しさや悲哀を込めて、自虐的に「ひとり情シス」と呼び始めたことが最初だと思います。現地に駐在するIT担当者同士が、在住日本人に人気の日本食系居酒屋で「やあ、私もひとり情シスですよ」とあいさつしている様子を良く目にしました。

 セル生産方式には、人間の能力は際限なく伸ばせるという思想が根底にあります。そのため、一人の作業員ができるだけ広い範囲の工程を受け持ち、その能力を最大限に発揮する環境にあります。この状況においては、各作業員の自発的な行動や、創意工夫する能力が要求されます。

 その結果、この生産方針では、作業者がさまざまな技能を身に付けて、多能工として熟練していくことが重要となります。

 ひとり情シスの方にお会いしてみると、とても明るい表情で、やりたい仕事が何でもできる理想の職場だと言う方もいらっしゃいます。セル生産方式的なアプローチがIT分野においても機能しているのだと言えます。

 しかし、物事には両面あるもので、セル生産方式導入の弊害としては、一人当たりの作業範囲が広くなることで負荷が想像以上に増えてしまい、作業者が高いスキルレベルを常に研さんしていく必要があります。確かに、常に何かに追われているようなひとり情シスの方もいらっしゃいます。予測していない高い要求事項が次々と増え、自身の勉強がままならない中で、悲壮感あふれてしまう方もいらっしゃいます。ひとり情シスもセル生産方式と同じく、良い面と悪い面の両面を持っているのではないかと思えます。

清水博(しみず・ひろし)
清水博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のディレクターを歴任する。

2015年にデルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。現在従業員100~1000人までの大企業・中堅企業をターゲットにしたビジネス活動を統括している。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。

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