ネットバンキングやSNSなど、現代はITで新しいサービスが生まれたり、あるいは従来のサービスが発展したりと、多様な「デジタルサービス」が存在する。このデジタルサービスを企業が展開する上では消費者などのユーザーから信頼を得ることが大切――当然のように感じられるポイントながら、マイクロソフトとIDCが実施した調査では、この点の重要性が浮かび上がった。
この調査は、アジア太平洋地域の14の国や地域の消費者6372人(うち日本は452人)を対象に実施された。この地域では、世界の若者の約6割に当たる7億5000万人が生活し、世界の携帯電話利用者の約半分に当たる27億人が居住していること、そして、世界の電子商取引市場の47.2%を占めるという。
両社は6月19日、都内で調査結果に関する説明を行い、MicrosoftのAsia Associate General Counselを務めるAntony Cook氏は、「社会や生活にデジタルが浸透していく中、デジタルサービスの在り方を考える上では日本を含むアジア太平洋地域の消費者意識を把握することが役立つ」と、その狙いを紹介した。調査で重視したのは「消費者の信頼」であり、それを構成する要素はプライバシー、セキュリティー、堅牢性、倫理、コンプライアンスの5つだとしている。
説明の場では、日本とアジア太平洋地域の傾向比較が示された。例えば、回答者が過去3カ月に利用したデジタルサービスの種類別の回数を見ると、ソーシャルメディアは日本が平均10.2回、アジア太平洋は同5.5回と2倍近い差があった。一方、銀行取引はアジア太平洋が7回なのに対し日本では1.9回、アプリ購入もアジア太平洋の2.2回に対して日本では0.3回と、アジア太平洋に比べて日本での利用が半数未満という種類のサービスもある。ネットでの購入や支払いは同程度だった。傾向を見ると、アジア太平洋の消費者は各種デジタルサービスを広く利用しているが、日本はSNSの利用が特に多いといった状況にある。
「企業が提供するデジタルサービスをどの程度信頼できるか」との質問では、「強く信頼する」「信頼する」とした割合がアジア太平洋では31%、日本では15%と、日本の方が低い。日本の消費者はアジア太平洋の消費者に比べて、デジタルサービスへネガティブなイメージを抱きがちなようだ。だが、調査結果を分析したIDC Japan ソフトウェア&セキュリティ リサーチマネージャーの登坂恒夫氏は、「日本では既に存在する現実社会のサービスがデジタル化されている面もある。ネガティブというよりは、今後のデジタルサービスに『信頼』が伴っていくことへの期待の現われとも受け取れる」と解説する。
というのも、デジタル技術によって新しく生まれたサービスと、既存のサービスが改善された場合では、サービスに対する消費者の感覚が異なると考えられるからだ。例えば、実店舗でしかモノを購入できなかった消費者にとって、インターネット通販というデジタルサービスは新しいサービスであり、「その場で欲しいモノが変える」という通販そのもののメリットを初めて体験することになる。新鮮な体験には好印象を抱きやすいだろう。一方、古くから電話などによる通販を日常的に体験してきた消費者にとって、インターネット通販は通販の購入手段が1つ増えただけともいえる。通販自体のメリットも既に体験済みだ。新しいデジタルサービスに対してはある程度期待するが、同時にそのリスクなどにも関心が向きやすい。「企業のデジタルサービスは信頼しない」という日本人消費者がある程度存在するのは、裏を返せば「デジタルサービスがもっと良くなってほしい」という“本質への期待”とするのが、登坂氏の見立てである。
この指摘は調査結果からもうかがえる。「企業が提供するデジタルサービスで信頼を損なう経験をした後にどうするか?」との質問では、サービスの利用を続けるとの回答がアジア太平洋では13%、日本では16%だった。一方で「サービスの利用を減らす」「他のサービスに切り替える」「サービスの利用を中止する」との回答の割合は、総じて日本の方がやや低い結果だった。日本の消費者は、仮にマイナスの経験をしても、利用していたデジタルサービスが改善されることを望む傾向にあると読み取れるだろう。
調査を企画した側として日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者の榊原彰氏は、デジタルサービスで「信頼」を構築するには、「セキュリティーとプライバシーが特に重要であり、さまざまな企業が取り組むデジタル変革でも信頼をその基盤に組み込むことが必要だ」と話す。
同社としては、これまでもGDPR(欧州の一般データ保護規則)といったプライバシー規制への対応、多様なセキュリティー関連基準への順守に取り組んできたとし、昨今では人工知能(AI)における倫理の確立やバイアスの排除といった課題に関しても、IT業界や政府などと連携しながらさまざまな議論を進めているという。
ただ、その多くはグローバルでの観点で進められている。国や地域ごとに異なる文化や慣習も十分に考慮される必要があり、榊原氏は、「欧米などの感性や慣習などで主導されてしまうと、日本にとって不都合な状況に陥りかねない。日本からもっと多く企業に参加してほしい」と呼び掛ける。
「企業は信頼あるデジタルサービスを提供するのが当たり前」と“暗に”期待する消費者の感性は、日本的なものかもしれないが、マイクロソフトとIDCの調査からはその一端がうかがえる結果が示された。デジタルやテクノロジーとビジネスの結び付きがますます強まっていくだけに、企業は消費者との「信頼」がどうあるべきか考え、どのように信頼を構築し深めていくべきかが問われている――というのが調査を踏まえた提言に含まれている。
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