AWS re:Invent

緊急地震速報をAWSで運用するロサンゼルス--行政機関の導入事例

國谷武史 (編集部)

2019-12-05 10:11

 米ラスベガスで現地時間12月2日から開催されているAmazon Web Services(AWS)の年次イベント「re:Invent 2019」では、同社の公共分野における取り組みを紹介するセッションも行われ、約6000人が参加する。近年、海外ではAWSを採用する政府機関や地方自治体などが増えている。今回はre:Invent 2019で紹介されたシンガポールやロサンゼルス市、米退役軍人省の導入事例をレポートする。

AWS ワールドワイドパブリックセクター バイスプレジデントのTeresa Carlson氏
AWS ワールドワイドパブリックセクター バイスプレジデントのTeresa Carlson氏

 AWSでワールドワイドパブリックセクター バイスプレジデントを務めるTeresa Carlson氏は、電子政府化を進める国や地域では、ハイブリッドクラウドのアプローチが取られていると語る。一例では、AWSが一般提供を開始した「AWS Outposts」をモナコ公国が採用したという。AWS Outpostsは、企業のAWS移行支援ソリューションという位置付けだが、欧州の小国ながらモナコの採用は、Outpostsが電子政府基盤になり得る事例として示した格好だ。

 Carlson氏は、行政機関におけるクラウド採用では、コスト削減やセキュリティの向上、事務の効率化など多くのメリットをもたらすという。一方で行政機関の電算システムは数十年の単位で運用されるものも多く、それらが“技術負債”となって変革を妨げるとも指摘する。日本でも経済産業省が2018年に公表した「DXレポート」で同様のことを指摘しているが、レガシーシステムをどうクラウド時代に即したものへ移行するかが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の成否を握るとの見解である。

 モナコと同様に、AWSの採用で政府系システムのクラウド移行を進めるのが、シンガポールになる。同国では国民に対する行政サービスの高度化を目標として、組織横断型の取り組みでクラウド移行を進めた結果、6カ月分に相当するワークフローがわずか7日分に削減され、行政事務が大幅に効率化されたという。

シンガポール政府が提供するモバイルアプリ「Moments of Life」
シンガポール政府が提供するモバイルアプリ「Moments of Life」

 その結果、国民向けサービスで実現されたのが、出産・育児を支援する「Moments of Life」というモバイルアプリケーションになる。子供の出生届けから定期検診、予防接種など、幼少期の子供に不可欠な行政サービスをアプリで提供する。ユーザーはスマートフォンでこうしたガイドを確認したり、申請や利用手続きをしたりできる。企業が提供するのと同様のユーザー体験を重視した行政サービスの実現例として紹介された。

 約400万の人口を抱える米西海岸最大都市のロサンゼルスでは、災害対策システムをAWSで構築している。同市のCIO(最高情報責任者)を務めるTed Ross氏は、「ロサンゼルスにエンターテイメント産業や観光など華やかなイメージが持つ人々は多いが、地震によって社会インフラが破壊されるリスクを抱える。災害に強いだけではなく、被害からいち早く回復できるシステム作りを進めきた」と話す。

ロサンゼルス市CIOのTed Ross氏
ロサンゼルス市CIOのTed Ross氏

 大陸のプレート境界がある米西海岸は、日本ほど頻繁ではないものの、巨大地震がしばし発生する。市の東側には約1300kmにわたるサンアンドレアス断層があり、1984年にはここを震源とするロサンゼルス地震で74億ドルの被害が出た。1906年のサンフランシスコ地震では数千人の死者が出たとされる。

 Ross氏によると、AWSで運用する災害対策の1つが日本の「緊急地震速報」と似た地震の早期警戒システムになる。想定震源域とするカリフォルニア州南部に数百のセンサーを設置し、断層の動きなどを計測。そのデータを携帯電話網経由でAWSに送信し、分析と監視を24時間行っているという。地震が起きる際、まず初期微動(P波)が発生し、そこから少し遅れて本震の揺れ(S波)が到達する。日本の緊急地震速報ではP波を検知して瞬時に予想震度や震源などを分析し、放送や携帯電話などで通知するが、ロサンゼルス市の早期警戒システムも同様にP波を検知してすぐにモバイルアプリ「Shake Alert LA」のユーザーに通知する仕組みだという。

早期地震速報システムの仕組み 早期地震速報システムの仕組み
※クリックすると拡大画像が見られます

 ただし日本とロサンゼルスが違うのは、予想震源域から都市部までの距離だ。Cross氏によれば、ロサンゼルスではP波の検知からS波の到達まで45秒ほどかかると想定されている。この間に警戒情報を通知すれば、近くの安全な場所に避難したり、エレベーターなどの乗り物を緊急停止させて乗客を避難誘導する時間を確保したりできる可能性が高い。「センサーでの検知からクラウドで処理するまでに4.5秒ほどの遅延がネックになっているが、45秒の対応時間があれば人命を救えるチャンスは大きい」(Cross氏)

 日本は、内陸や海など国土のほぼ全域が震源になり得るし、震源から都市部までの距離も近い。クラウドベースのシステムはネットワークの遅延リスクで採用が難しい部分もあるが、平時からの災害対策としてクラウドは有効になり得るだろう。

 Shake Alert LAは約90万のダウンロードがあり、緊急警戒以外にも防災用品のチェックリストや避難所の案内といった機能も提供している。また、物理的な市の災害対策室に加えてAWS上で“バーチャル災害対策室”も構築しているという。万一庁舎などが被害に遭えば物理的な拠点が機能しなくなるため、バックアップとして用意されている。

早期地震速報システムのアプリでは災害対策情報も提供している
早期地震速報システムのアプリでは災害対策情報も提供している

 Cross氏は、「非常時でもネットワークを確保できれば、モバイル端末で情報共有や対策の検討などができる。その維持運用費は月額200ドルに満たない。ロサンゼルスは大都市だが決して市の予算が潤沢というわけではなく、限られた予算をクラウドで工夫しながら災害に備えている」と語る。

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