2020年に入り、いろいろなメディアが未来予想を立てているが、“2020”という一つの節目でもあり、次の10年間、2030年までのコンピューターの変化を複数回にわたって予想してきた。最後に、今話題になっている量子コンピューターに触れないわけにはいかない。
個人的な印象としては、2030年までに量子コンピューターは一般化しないだろう。その頃になっても、“次世代コンピューター”として研究開発が進んでいると思う。
量子コンピューターは、汎用ではなく、特定の分野や計算を高速に処理できる特殊なコンピューターとして利用されているだろう。一昔前の汎用コンピューターのように、クラウドや計算機センターに数台が置かれ、特殊な処理系のプログラミングを学んだサイエンティスト(どちらかといえば数学者)が利用するものとなる。この10年で量子コンピューターを利用したPCは実現しないだろう。
確かに、期待される量子コンピューターの能力を利用すれば、今までのコンピューターでは計算と結果を得るまでに時間がかかり過ぎるものが、一瞬で可能になる。しかし、量子コンピューターで解けるのは一部の問題だけだ。量子コンピューターでOfficeソフトのWordやExcelを動かすことはできないし、これらのソフトが高速化するわけではない。また、量子コンピューターは、現在のコンピューターのように、多くのプログラマーや開発者が簡単にプログラミングできるものではない。
現状の量子コンピューターは、いってしまえば、約80年前に真空管を使って開発された黎明期のコンピューター「ENIAC」時代よりも前の状態だ。もしかしたら、2030年代になれば、ENIACと同じようなレベルになるかもしれない。
こういった意味でも、量子コンピューターはまだ開発の途についた状況で、ここから100年近くかけて、徐々に進化していくのだろう。小型化、省電力化といった面では、量子ゲート方式自体が、今までのコンピューターが真空管からトランジスター、LSI(集積回路)へと微細化して性能が向上していったように、基幹部品が進化する必要がある。現状では、量子コンピューターの基幹部品は部屋一つを占めるぐらいの大きさと低温環境が必要になる。この辺りのブレークスルーがないと、汎用コンピューターのように多くの企業が利用する状況にはなりづらい。
量子コンピューターが普及するためには、量子ゲートがLSI化して、常温で動作するようにならないと、多くの企業に導入されることは少ないだろう。
パブリッククラウドのAmazon Web Services(AWS)などは、データセンターにある量子コンピューターを接続して、AWSから利用できるようにする「Amazon Braket」を発表している。このように、一部のユーザーがクラウド上に用意された量子コンピューターを特定の用途や学習で利用するというのが、2020年代の利用方法だろう(一部、暗号解読などの軍事分野では積極的に利用される可能性もある)。
現状の量子コンピューターは、量子ビットの数も少ないし、計算を繰り返すとエラーが頻発するようになる。まだ基盤技術の開発が進み始めてきたところで、ここから数十年かけて、研究・開発が進んでいく。
また、量子コンピューターの“本命”は、カナダのD-Waveなどが推進している量子アニーリング方式ではなく、量子ゲートだといわれている。現在は量子アニーリング方式が実現しやすいため、こちらの方式が利用されている。
多くの国家や企業が量子コンピューターの可能性にかけて、大学などと共同研究を行ったり、量子ゲートチップを開発したりしている。
日本としては、政府が2039年に汎用的に利用できる量子コンピューターを実現すべく、2020年度から大幅に予算を付けて、開発を促進しようとしている。2025年までに、国内5カ所に量子コンピューターの研究拠点として「量子技術イノベーション拠点」を設置する。さらに、2030年度までに100量子ビットの量子コンピューターを実用化し、科学分野での基礎理論の解明に役立てたいとしている。2040年度までには、500~1000量子ビットの量子コンピューターを開発して、新材料や創薬に役立てたいという構想だ。
実際に、このようなロードマップで進むかどうかは分からないが、各国やITのグローバル企業が量子コンピューターの研究・開発を進めている状況下では、政府も大幅な投資を行い、積極的に量子コンピューターにコミットしようとしているのだろう。
Googleが開発している量子コンピューターの中核部分。この部分を液体窒素に入れて、低温で動作させる(Googleサイトより)
量子コンピューターを広めたD-Waveの2000Q(D-Waveサイトより)
まとめ
今から10年後の2030年のコンピューター環境を予測してみたが、これまで述べてきたことは、あくまで現状のテクノロジーの延長線上だ。まだ技術的なハードルが高く、ここで述べたような事柄が実現できないこともあるし、予想外にテクノロジーの進歩が進んで2030年より前に実現する技術もあるだろう。全く異なった分野からのアプローチで、破壊的な新しいテクノロジーが生まれ、大きなブレークスルーを実現する可能性もある。
例えば、バッテリーの分野では、リチウムイオン電池を大幅に超える充電式のバッテリー、酸素や水素を利用して発電する電池なども期待が大きい。AI分野では、脳科学の研究が進み、人のように自分で学習して、結果を出すAIが出てくるかもしれない。半導体分野では、全く新しい半導体材料を導入する、あるいは量子レベルにまで回路を微細化することで、汎用コンピューターと量子コンピューターの機能を併せ持つプロセッサーが出るかもしれない。
2020年現在のテクノロジーとしては、既にいろいろと面白いものが出ているが、現実的な大きな問題は、普及させるためのコストや量産性だ。仮にある程度コストが高いものでも、一般ユーザーにとって魅力的で分かりやすい製品やサービスが必要になる。そうでないと、単なる研究レベルで終わってしまう。研究者や技術者だけでなく、マーケティングを含めてテクノロジーを分かりやすいものとして社会に打ち出すことも必要だ。