Amazon Web Services(AWS)は、パブリックセクター(公共部門)を対象としたオンラインカンファレンス「AWS Public Sector Summit Online 2020」を開催した。基調講演では、同部門バイスプレジデントのTeresa Carlson氏やユーザー組織の担当者が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応におけるクラウド活用の現状を紹介した。
いまだ収束の様相が見えないCOVID-19のパンデミックにおいて世界中のパブリックセクターは、感染拡大への警戒と監視、医療対応能力の維持や確保、経済的な困窮に陥る人々や企業への支援など、あらゆる対応に追われている。その規模も時間も人類がかつて経験したことがないほどものであり、その対応においてクラウドコンピューティングを含むITの役割はとても大きなものになっている。
AWS パブリックセクターバイスプレジデントのTeresa Carlson氏
講演の前半でCarlson氏は、パンデミック対応でのあらゆる局面においてAWSがコンピューティングリソースやツール、サービスといった技術のみならず、人材や資金も含めた広範な支援をパブリックセクターにも提供していることを紹介した。また、とりわけ感染状況を把握するために多くの国や地域で取り組みが進む人と人の接触や移動履歴などのデータの収集、分析は、プライバシーへの配慮とセキュリティの確保が大前提となるだけに、同社でも世界各地の法規制などに対応しながら、これを支援しているとした。
COVID-19への対応に日々当たっているパブリックセクターにとって、共通する課題が、レガシーシステムとそれをもとに構築されている業務プロセスやツール、リソースでは、爆発的な感染ペースによって激増する市民からの求めに応じきれないというものだ。
カナダのオンタリオ州でオンライン診療サービスを手掛けるOntario Healthのテクノロジーサービス担当バイスプレジデントのSharon Baker氏は、「バーチャルな診療であっても人がそれを人に提供し人を助けるという信念を大事にしている」とし、パンデミックによって激増する利用者のケアをどうテクノロジーで確保するかが重要だと述べた。
Baker氏によれば、同州では約600万人が都市部ではない場所に住み、最寄りの診療機関まで数百キロの距離を何時間もかけて訪れなければならないような市民が少なくない。そのためオンライン診療への期待は元々高く1日当たりのアクティブユーザーは約8000人だったが、パンデミックが始まった3月初頭には3万人以上に激増したという。
オンライン診療のシステムはオンプレミスで構築していたが、これではアクティブユーザーに対応できない恐れがあり、急ぎAWSにシステムを拡張して対応リソースを確保したという。オンライン会議などのコラボレーションツールを整備してスタッフの業務環境を維持し、ウェブアプリケーションファイアウォールなどによるセキュリティ対策も講じた。今後はモバイルアプリケーションを通じたサービスを拡充させ、同時にサーバーレス環境にも移行して、市民からの要請により柔軟に対応できるようにしていく考えだ。
また、米国ロードアイランド州労働局でディレクターを務めるScott Jensen氏は、同局のCOBOLベースのレガシーシステムでは、短期間に急増する失業保険の給付申請に対応できない恐れがあったと述べた。「パンデミック以前は1週間で5200件の申請があった1992年が最多だったが、パンデミックでこの数字がわずか1日で記録された」(同氏)
そのため、急ぎクラウドべースの申請アプリケーションを配備して対応リソースを増強、4月7日には1万6000件の申請を受け付けた。加えて電話での対応も、従来システムでは最大74件しか対応できないため、クラウド型のコールセンター機能を整備し1000件まで対応できるようにした。実際の給付も2月時点では2700件ほどだったが、4月には7万件ほどに増えた。Jensen氏は「このような事態にスピーディーに対応することが大切だ」と語り、クラウドのような新しいテクノロジーを率先して活用することの意義を強調した。
最近では、国家の行政システムをクラウドベースで整備する動きも拡大している。講演には米国海軍でEnterprise Business Solutions Programのマネージャーを担当するEdward Quick氏が、SAPの財務システムをオンプレミスからAWSに移行させた事例を紹介した。
移行はシステム基盤のサポート終了などに伴うものだが、総勘定元帳の統合やコスト削減などさまざまな目的もあり、AWSのガバメントクラウドへの移行を約10カ月の短期間で実現している。その際には、例えば、約13テラバイトのデータベースの移行にAWS Snowballを利用しダウンタイムがなく3日で完了したほか、従前は20時間を要して週に1回しかできなかった財務分析が4時間でできるようになり、セルフサービス型のビジネスインテリジェンスを新たに導入することができたという。
Quick氏は、「クラウド化に伴うさまざまなリスクを懸念して、まずはパイロット環境による検証を入念に実施するつもりだったが、それでは時間や手間などがかかりクラウドを使うメリットを損なうと思い、一気にクラウド化を推進した」と、当時の心情を振り返った。
講演後には、ワールドワイド公共部門アジア太平洋地域・日本担当マネージングディレクターのPeter Moore氏と、AWSジャパン 執行役員 パブリックセクター 統括本部長の宇佐見潮氏が質疑に応じた。
AWSワールドワイド公共部門アジア太平洋地域・日本担当マネージングディレクターのPeter Moore氏(上段右)と、AWSジャパン 執行役員 パブリックセクター 統括本部長の宇佐見潮氏(下段左)
Moore氏は、COVID-19によって多くのパブリックセクターが信頼性や安全性、スピード、拡張性などの観点からクラウドを利用する意義を体験している状況だとし、「本番環境として利用するまでに数カ月、数週間をかけて取り組もうとしたことを数週間、数日でしなければならず、まさにクラウドが果たす役割の大きさが示されている」と述べた。
同氏が所管するアジア太平洋地域でも、インドでは複数の州政府がCOVID-19での医療体制の状況をリアルタイムに共有するための仕組みをAWSで構築しているほか、オーストラリアのニューサウスウェールズ州では、抗体検査の結果を速やかに通知する仕組みをAWSで運用する。「数万人規模の検査に対応し、陰性なら数時間で本人に通知するプロセスを自動化している。これにより検査を受けた人が結果を待つまでの不安な時間を短くできる」(Moore氏)
宇佐見氏も「例えば、コロナ禍によって休校措置を余儀なくされたが、GIGAスクール構想を早く実現してオンライン授業などをできるようにし、医薬の研究開発と臨床現場の連携を促したり、複数の行政機関で効率的に情報共有していくための基盤を整備したりするなど、日本でも公共におけるクラウド活用の動きは加速していく」と語った。