1949年創業のフォスター電機は音響機器メーカーとして、スピーカーや電子機器の製造・販売、ODM・OEM(受託設計開発製造・受託製造)ビジネスを手がけ、近年は車載用スピーカーに注力する企業である。2008年よりオンプレミスで稼働させていた「SAP ERP」を2015年に国内クラウドサービスに移行し、2020年5月に「Google Cloud Platform」(GCP)へ移行した。GCPでのSAP ERP利用は、国内初の事例となった。プロジェクトを担当した経営情報戦略室 業務システム開発1課 課長の中村俊一氏は、移行理由として「オンプレミスでの運用に限界を感じていた」と語る。
フォスター電機 経営情報戦略室 室長の田沢純氏(左)と経営情報戦略室 業務システム開発1課 課長の中村俊一氏
米Gartnerが提唱した「バイモーダルIT」の文脈で語られる“モード2”の概念は、業種を問わずに基幹システムの刷新を促した。2008年にSAP ERPをオンプレミスで導入したフォスター電機は、2011年にメールサーバーのリプレースに併せて、「G Suite」(旧Google Apps)をメールシステムとして採用している。
2015年にはブレードサーバーのサポート終了を踏まえ、SAP ERPをはじめとする基幹システムをクラウドに移行。2017年には各国に点在するMES(製造実行システム)や、共通インフラストラクチャー基盤をクラウド化するためGCPを選択した。GartnerがバイモーダルITを提唱した2015年以降は、“攻めのIT投資“というキーワードが経営層の意識を変えつつあり、国内企業もIT投資を通じて競争力の強化や新規ビジネスの創出を目指し始め、くしくも2015年はGoogleのクラウド向けイベント「Google Cloud Next」が国内で初めて開催された年である。
オンプレミスでの運用に限界を感じていたフォスター電機は、クラウドファーストを方針に掲げている。その理由として「人的リソースが潤沢ではない。弊社のビジネス拡大に伴うインフラの拡大も難しかった。BCP(事業継続計画)の観点も大きく、東日本大震災時に実施した計画停電時には、 自ら電源車を確保しサービスの提供を維持した」(中村氏)という。
クラウドファーストを選択した同社は、ITインフラの俊敏性や運用の省力化など複数の観点からクラウドベンダーの評価検討を開始。その結果としてGCPを選択した同社は「決め手となったのはインフラ性能の高さ。個別の機能やサービスも評価対象だったが、クラウドは常に進化しているため、現状に左右されずに判断した」(中村氏)と述べつつ、GCPが備える(1)リージョン間におけるネットワークの高速性/安定性、(2)シンプルなネットワーク構成、(3)自動移行を実現するライブマイグレーションの3点が決定打だと語った。
SAP ERPの基盤としてGCPを採用した理由の背景には、2018年にミャンマー工場へ導入したMESの存在が大きい。フォスター電機は2016年に、ベトナム工場向けにオンプレミスのMESを立ち上げているが、ミャンマーではオンプレミスのサーバーを運用するベンダーを見つけにくく、運用リスクを抱えていた。
当時、月に1度ミャンマーに出張していた中村氏は「ミャンマーという国の発展性を肌で感じていた」(同氏)ことから、GCPのシンガポールリージョンでMESを稼働させたところ、GCPに起因するシステム障害は発生せず、安定稼働の実績があった。旧環境に対するGCP上の運用コストは大きく削減し、フォスター電機の方針だったインフラ運用の省力化や柔軟性の確保にも合致した。
社内エンジニアの検証やGoogleのサポートによって、移行プロジェクト開始前の不確定要素を最小限に抑えられ、SAP ERPで蓄積したデータをビジネスに活用するための分析基盤「BigQuery」や機械学習ライブラリー、APIが充実している点も大きかったという。
同社は「SAP ERPの基盤として(GCPを選択したのは)自然の流れ。ただ、国内事例がない先駆者として踏み出すのは勇気が必要だった。昔ながらのSIer(システムインテグレーター)は保守的だが、(移行プロジェクトに参画したBeeXの)アグレッシブに新しい領域へ挑戦する姿勢から選ばせていただいた」(フォスター電機 経営情報戦略室 室長の田沢純氏)と当時を振り返った。BeeX 代表取締役社長の広木太氏は「(プロジェクト開始前から)事前に調査、検証していた。新しいクラウドは特性があり、検証を重ねないと日本企業の業務特性を生かせるのか分からない部分がある。ただ、他のパブリッククラウドと同じく通ってきた道だ」と語った。
他方でクラウドは万全ではなく、各種クラウド障害が業務遂行を妨げる一因となった例は枚挙に暇がない。SAP ERPという基幹システムをGCPに移行させるリスクをフォスター電機に尋ねると、「オンプレミス運用でもサーバー停止という課題を抱えている。クラウドはリスクが少なく、リターンは圧倒的に大きい」(中村氏)と両者を比較した結果をつまびらかにした。
GCPの導入効果として同社は「品質」「コスト」「納期」の3点を並べている。品質面ではパフォーマンスが大幅に改善し、SAP ERPの一部機能は最大82%も向上。コスト面ではインフラコストや運用工数の大幅削減、費用のブラックボックス化からの脱却に成功した。納期面では各種リソース調達に要する時間を短縮したという。
一部にオンプレミスサーバーを残している同社だが、世界各国に点在するオンプレミスサーバーをGCPに集約し、国内からの一元管理や拠点間ネットワークの再構築を予定している。データ活用についても「われわれの商材に対する付加価値の向上を考えている。例えば、自動車メーカーは製品のトレーサビリティー(履歴管理)を重視するため、情報を顧客企業に提供し、品質の価値向上につなげる」(中村氏)と目標を掲げた。