阿里巴巴(アリババ)のニューリテール(新零售)スーパー「盒馬鮮生」(フーマー、Freshhippo)が、農業体験をテーマとしたサービスを展開している。これが同社と全く縁のないものかというとそうでもなく、これまでの事業の先にあるサービスであり、また農村地域との格差を縮めようとする中国政府の方針とも合致する。
同社の店舗について簡単に言えば、インターネットに強く依存する中国に合わせオンラインスーパーを全面に押し出しつつ、リアル店舗でも電子ペーパーによる二次元バーコード付きの値段表記で商品を知り、また購入した鮮魚をその場で調理してもらうという楽しみを提供するのが特徴だ。盒馬鮮生については日本語を含めこれまで数多くのレポートがあり、画像や動画も多数確認できる。
ここまでがよく報じられている「ニューリテール1.0」になる。これに続く「ニューリテール2.0」では、サプライチェーン(供給網)の強化を図った。中国全土で農業・牧畜業・漁業の業者と提携し、「盒馬村」(盒馬鮮生のプライベートブランド)の生産現場をスマート化。生産と流通を自前で行うことで、高品質と低コストを両立させる。これによって中国のスーパーでは難しいとされる黒字転換を実現させた。
さらなるステップとして、協力体制が整った盒馬村の提携農家が消費者に農園の区画を貸出するという新ビジネスを開始した。これが本稿の焦点だ。現在はサツマイモ農園での収穫体験や、コメ農家での稲作体験、モモ農園での栽培経験ができる。
例えば、サツマイモ農園の土地が北京・上海・成都・西安・長沙など各地に用意されていて、盒馬鮮生のアプリから利用の権利を購入することができる。北京市郊外の密雲区で借りる場合は5平方mで199元(約4000円)、10平方mで339元(7000円弱)となっている。
サツマイモの栽培状況はリアルタイムに確認できる。事前予約すれば除草や施肥などの作業を専門家の技術指導のもと体験でき、9~10月の収穫時期には自分で収穫するか、収穫したものを送ってもらえる。作物がうまく実らなかった場合でも最低限の収穫量が保障されている。
サービスの反響はとても良く、数日で売り切れるケースもあるという。理由の一つに、農業体験をエンターテインメントとして楽しんでいるということがある。都会に住む中国人はかつて、土がつくような作業や労働を嫌がったものだが、近年はそうした考えが変わってきている。
もう一つは、食の安全性が分かりやすく確保されているという点だ。中国のショッピングモールなどで食品安全に関する事件が相次いでおり、厨房の様子をカメラで確認できるようにしているレストランもある。これを食材にまでこだわった形となり、オンラインで監視・世話できればより安心というわけだ。
農家としては、消費者と直接契約を結ぶことで、作物が売れないリスクを軽減できるとともに、中間業者を排除することでより多くの利益を確保できるというメリットがある。また、消費者が農地に訪れるのを「地元の魅力をアピールする絶好の機会」と捉え、観光や産業の発展に役立てることもできる。
盒馬鮮生による、オンラインとオフラインを融合させた新しい農業体験は、消費者と農家の双方にメリットのあるサービスだ。今後は競合の参入などによって選択肢も増え、農業体験がより身近になっていくだろう。また、サービスの改良を重ねていく過程で、メタバースなどの新技術を活用した農業の形などが見えてくるかもしれない。
- 山谷剛史(やまや・たけし)
- フリーランスライター
- 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。