山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

中国語の文字入力で「ピンイン」が最終的に普及した理由

山谷剛史

2023-07-26 07:00

 日本のスマートフォン世代の中には、PCのキーボード入力が苦手な人もいるという。一方で、中国の今どきの学生は、さまざまな入力方法が用意される中でも、フルキーボードを好むことが多く、慣れていないと恥ずかしいようだ。今回はその「なぜ」を考察したい。

 中国語には文字入力の方法が多数あり、入力方式エディター(IME)をはじめとしたツールは「輸入法」と呼ばれる。例えば、PCでは日本語のローマ字入力のような「ピンイン」入力と、各キーに割り当てられた漢字の部首から入力する「五筆」入力がある。また漢字が多くて入力が難しい高齢者向けには、手書き入力用の外部入力機器やソフトウェアが用意されている。

 スマートフォンではピンインと五筆が入力できるフルキーボードに加え、テンキーによるピンイン入力と書き順に即した「筆画」入力、それに手書き入力がある。さらに百度(バイドゥ)や騰訊(テンセント)、科大訊飛(アイフライテック)などの企業から独自の輸入法アプリがリリースされている。予測変換やスキン変更、音声入力といった機能に差があり、テンセント傘下の捜狗(ソーゴウ)が提供する輸入法アプリ/ソフトが人気を博している。バイドゥやGoogleはその牙城を崩せなかった。

 補足すると、フィーチャーフォン(従来の携帯電話端末)で特に使われていた筆画は、「一」「丨」「丿」「、」「レ」がキーに割り当てられ、書き順の通りに入力すれば候補の漢字が出てきた。日本人なら漢字の発音が分からなくても、何とか入力できてしまう入力方法だ。

 一方、QWERTYキーボード向けの五筆は、日本の小学校1年生で習うような漢字が各キーにバランス良く割り当てられていて、「囗+王+丶」と入力すると「国」となるような具合で、筆画やピンインよりも少ない操作で高速入力できるというメリットがある。特殊なキー配列や各漢字の組成を覚える必要があるものの、データ入力に携わる人はだいたい習得している。

 中国では、2000年代からPCが徐々に普及してきた。当時はまだPCの性能が低かったので、予測変換も相応に控えめなもので、クラウドと連動することもなかった。そういうわけで、漢字そのものを1文字ずつ入力していくなら五筆が圧倒的に早く、「情報端末=PC」だったころは五筆の利用者が多かった。また、五筆しか使えない人の中には、小中高校でPCの授業がなくピンインを学んでいない、あるいは義務教育を受けられなかったという理由もある。

 やがてPCの性能が向上し、輸入法でも予測変換の機能が充実してきた。そうなると、1度に1つの単語を入力するよりも、文全体を入力する方がはるかに効率が良くなる。ピンインを確実に入力しなくても、システムが自動的に入力してくれるようになる。頻繁に使う単語を学習し、使えば使うほど便利になる。こうした機能の追加でピンイン入力の効率化が一気に進み、五筆入力をしのぐほどになった。

 一方、モバイル端末はどうかというと、中国では、日本のガラパゴス携帯電話(ガラケー)ほど幅広い用途で使われていたわけではないが、それでも1970~1990年代生まれの中国人はSMSのためにフィーチャーフォンでの文字入力を覚えた。基本的にピンイン入力か筆画入力で、テンキー入力が広まった。2000年代以降に生まれた世代は情報端末を活用するころにはPCが身近にあり、スマートフォンが普及していく過程にあった。

 学校にはPC教室が整備され、ピンインの打ち方などを教える授業があった。家庭のPCでゲームをするなど、コンピューターが身近だった。この時になると、前述の通り、予測変換などの便利な機能によってピンインでも高速に入力できるようになった。厳しいと言われる中国の学校教育において、PCでの課題や宿題の提出、PCの授業をこなしたことも、若い世代のピンイン入力を後押ししただろう。

 加えて、スマートフォンは4インチから5インチ、6インチなどと画面が大きくなっていった。それによってQWERTYキーボードでの誤入力も少なくなり、多くの人がPCとスマートフォンの両方でQWERTYキーボードに慣れ親しむようになった。PCとモバイルで入力方法が同じである方が何かと楽だという意見をよく聞いた。

 そんな事情もあり、中国ではスマートフォンを両手で入力している人をよく見る。日本ではコンパクトなスマートフォンにも一定のニーズがあるが、中国メーカーが提供するスマートフォンが大型化していったのには、自国での文字入力の利便性という理由があったからかもしれない。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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