2024年のPCメーカー各社は、AI PCの訴求を本格的に開始した。2023年後半からブームとなる生成AIを背景にした動きだが、AI PCは、ユーザーにどんな意義をもたらすのか。Lenovoのエグゼクティブ・コミッティーとしてGo-to-Market戦略を指揮するエグゼクティブバイスプレジデント 兼 インターナショナルマーケットプレジデントのMatthew Zielinski(マシュー・ツィエリンスキー)氏に聞いた。
AI PCは、端的に言えば、生成AIに関する処理をデバイス本体で実行する機構を備えたPCになる。2023年に登場し、まずQualcommの「Snapdragon X」を採用するAI PC製品がPCメーカー各社からリリースされた。Lenovoはその第一陣だという。
Lenovo エグゼクティブバイスプレジデント 兼 インターナショナルマーケットプレジデントのMatthew Zielinski氏
Zielinski氏は、AI PCの特徴を5つ挙げる。1つ目は、AI PCがユーザーを深く理解したアシスタントになること。2つ目は、AI PCがユーザーのパーソナルな日常の行動や考え方といったことを理解すること。3つ目は、AI PCが備える自然言語処理プロセッサー(NLP)が効率的にAIの処理を実行すること。4つ目は、多様なAIアプリケーションの実行基盤としてエコシステムを醸成すること。5つ目は、ユーザーのプライバシーとセキュリティを担保できること。これらによりAI PCは、「PCがユーザーの生産性を高める最高のアシスタントになる」と話す。
近年のPC市場は、コロナ禍のテレワーク需要で活況を呈した後に、2025年10月には「Windows 10」のサポートが終了(EOS)を迎えることから、メーカー各社はリプレース需要を獲得する上で、ユーザーに訴求する切り口としてもAI PCに本腰を入れている。
Lenovoが直近で発表した2025会計年度の第1四半期決算は、売上高が前年比20%増、純利益が65%増となり、PCは11%増でPCを含むインテリジェントデバイスグループ(IDG)が大幅な成長を達成したとする。「PCは、中国を除いたグローバル市場でわれわれが2年連続の首位となり、Motorola(スマートフォン)を含め高い市場シェアを獲得している」(Zielinski氏)
また、サーバーなどのITインフラ領域のインフラストラクチャーソリューショングループ(ISG)は65%増、システムインテグレーションなどのソリューションサービスグループ(SSG)は10%増だった。「これらの成長をけん引しているのがAI需要になる。Lenovo全体としてもPC以外の売上高が全体の47%を占めて過去最高となった」(Zielinski氏)
Zielinski氏は、同社のAI戦略を“ハイブリッド”と表現し、「パブリック」「エンタープライズ」「パーソナル」の3つのドメインで展開していると説明する。「パブリック」は、OpenAIの「ChatGPT」などインターネット経由でだれもが利用できる生成AIサービスの領域を指す。「エンタープライズ」は、機密データを含めた生成AIの利用を志向する法人、「パーソナル」は、ビジネスユーザーや企業の従業員などを含む個人ユーザーの領域になり、AI PCは、「パーソナル」を中心として「エンタープライズ」にも関係する位置付けになるようだ。
Zielinski氏は、上述の5つの特徴を踏まえ、「AI PCはユーザーのアシスタントとして、ユーザーが目覚めた時から1日の生活のさまざまなシーンを支援する。仕事のスケジュールをもとに、通勤経路の混雑を回避する、効率的なタスクの進め方をアドバイスする、提案資料の作成といったクリエイティブな作業をサポートしてくれる。コロナ禍で多くのユーザーが自身の生産性を高めたいと感じるようになり、AI PCはその要求に応えるものになる」と強調する。
こうしたAIのメリットは、ChatGPTなどによって幅広いユーザーが既に体験しているだろう。また、最近ではスマートフォンでも利用できる機会が広がっている。あえてPCを活用する意義をZielinski氏に尋ねると、最大のポイントはプライバシーとセキュリティにあると指摘した。
「やはり、ユーザーの個人的な情報やデータをパブリックなAIサービスの学習に使用されたくないということがある。AI PCは、PCの内部でユーザーのことをモデルに学習して実行するため、外部に情報やデータが出ることがない。スマートフォンでも生成AIを利用できるようになり始めたが、現時点ではAI PCと同じことをスマートフォンのデバイスサイズで実現するのはやや難しく、それはもう少し先になる」(Zielinski氏)
ユーザーの生産性向上という点では、AI PCの企業導入もポイントになる。国内でも多くの企業や組織が生成AIの活用を検証し、現時点ではパブリックな生成AIサービスを用いるだけでは、機密データのプライバシーやセキュリティの確保が難しく、業務への効果としても限定的とする見方が強い。本格的な活用には、検索拡張生成(RAG)やファインチューニングといった追加的な措置が必要で、大規模言語モデル(LLM)の開発も組織専用の環境を用意する必要性が指摘されている。
企業や組織が生成AIを本格的に活用できるまでには、インフラからAI PCを含むエンドポイントまでのIT環境が構築され、部門や従業員個々人の業務に適用可能なモデルなどの開発、整備が進むのを待つ必要もあるだろう。一見、現時点でのAI PCの導入は時期尚早に映るが、Zielinski氏はAI PCを早期から活用することで、従業員個々人の生産性向上や業務効率化に貢献するともアピールする。
例えば、企業の経営層が取引先に訪問するようなシーンでは、事前に訪問先に関する詳細な情報をアニュアルレポートなどから把握し、交渉に臨む。だが、多忙を極める経営層が情報の収集と理解に長い時間を費やすのは難しく、訪問の目的が機密性の高いものであれば、できるだけ限られた範囲にとどめなければならない。ここでAI PCは、経営層ユーザーに関する情報の機密性を担保しながら、アニュアルレポートのデータを読み込み瞬時に要約を生成して経営層に提示し、経営層ユーザーは効率的に準備して訪問に臨めるといったイメージになる。
Zielinski氏は、LenovoのAI PCについて「われわれが最初に製品を発表したことからも、AI PCのエコシステムの広がりをけん引することができる」と胸を張り、「IntelやAMD(Advanced Micro Devices)なども加わり、PCメーカーとして多様な選択肢をユーザーに用意することができる。AI PCというユーザーに貢献するデバイスが実現され、これからもデバイスとして進化を重ねながら多種多様なAIのアプリケーションが登場して、さまざまなユーザーをアシストするようになっていく」と話した。