ICT来し方行く末

量子コンピューターの「よく分からないが使える」こととは何か

菊地泰敏

2025-05-07 06:00

 AI全盛の感があるが、情報通信産業という視点では量子コンピューターの動向から目を離すわけにはいかない。量子コンピューターが実用化される※1と、どのような世界が訪れるかについては、「量子超越:量子コンピュータが世界を変える」(ミチオ・カク著、斉藤 隆央訳、NHK出版刊)が面白い。

※1:現時点でも稼働している量子コンピューターは存在するが、プロトタイプの域を出ていないといって差し支えないであろう。

 量子コンピューターを利用すれば、生命誕生や宇宙の生成など、人類にとって極めて原理的であるが、いまだ明らかになっていない謎について解明される可能性がある。それと同時に、このような革新的な技術開発には、必ずと言ってよいほど陰の面が存在する。これまで安全に利用されていた暗号が破られてしまうという懸念である。

 現代において、暗号は戦争や国際政治の場で使われるもの※2という方はほとんどいないと思われるが、例を挙げれば、コンビニでのQRコード支払いなど、とにかくスマートフォンを触れば、ありとあらゆる側面で、裏では暗号技術が使われていると言って差し支えない。

※2:「フェイクとの闘い:暗号学者が見た大戦からコロナ禍まで」(辻井重男著、コトニ社刊)が、暗号と社会の関係や歴史的変遷について分かりやすく興味深く語っている。なお、本書は辻井先生から謹呈いただいた。この場をお借りしてお礼申し上げたい。

 そして、現代の暗号の多くが、RSA暗号※3や楕円曲線暗号※4などの公開鍵暗号であり、これらは計算量と計算時間が莫大であり、実質的に解けない※5ことを安全性の根拠としている。

※3:Rivest-Shamir-Adlemanという発明者3人の頭文字から名づけられた暗号。大きな数の素因数分解の困難性を利用している。
※4:楕円曲線上の離散対数問題の困難性を利用した暗号。
※5:解くことが不可能ではないが、最も高速なスーパーコンピューターを利用したとしても、数十年かかるような計算が必要である、ということ。RSA暗号や楕円曲線暗号を含め、暗号論とは、このような計算の困難性を情報秘匿(安全性)の根拠とする数学論である。

 しかしながら、量子コンピューターを用いれば、現実的な時間内で計算が完了――すなわち、暗号が破られてしまうということが脅威になってきたのである。

 では、量子コンピューターは、なぜそんな高速な計算が可能なのだろうか。これに答えるためには、「量子論」あるいは「量子力学」を理解する必要がある。だが、かのRichard P. Feynman※6も、「量子力学が分かっている人などいない」と言っている(“I think I can safely say that nobody understands quantum mechanics”)。

※6:ノーベル賞を受賞した米国の物理学者。「ご冗談でしょう,ファインマンさん」(Richard P. Feynman著、大貫昌子訳、岩波書店刊)を読むと、天才ぶりがよく分かる。

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