「話すことが好きな人。いつも周りを明るくする性格」--4月1日付けでNECの社長に就任することが発表された遠藤信博氏を知る人はそう話す。就任記者会見では、現社長の矢野薫氏を差し置いて、8割以上の時間を遠藤氏が話した。
当初から予定されていた中期経営計画の発表と、当日の取締役会で決定した社長交代人事の発表とを兼ねた会見になったが、冒頭、矢野社長が「経営企画担当役員として、遠藤常務が中期計画を説明する」とし、中期経営計画の説明が社長としての方針説明そのものになった。
遠藤氏が就任することにより、NECの社長は現任の矢野氏から10歳若返ることになる。56歳という年齢は、先に発表され、同じく4月1日に社長に就任する富士通の山本正己氏と一緒だ。矢野氏は、「中期計画を確実に実行することが肝要であり、そのために若返りを図った。過去の経験を評価し、成長の一番のポイントとなるグローバル化の促進に取り組むことができる人材を選んだ」とする。遠藤氏も「元気がとりえ」と語り、その言葉からも若返り人事による組織の活性化が期待される。
遠藤氏に社長就任の打診があったのは、2月中旬の金曜日。「その重責に即答しかねて、週末の時間を使って考え、月曜日に回答した」と語る。「『これからのV字回復を引っ張ってほしい。世代交代による若返りが必要。意思疎通を徹底し一丸となってやってもらいたい』とする矢野社長の熱い思いを感じた」と言う。
遠藤氏の座右の銘は「傾聴」だ。サムスングループの創業一族であり、2代目会長である李健熙(イ・ゴンヒ)氏を研究。そのなかで感銘を受けたという。
一般的に話好きは、人の話を聞かないと言われるが、「人とのコミュニケーションができないと事業がうまくいかない。社員にもフェース・トゥ・フェースでないと駄目だと指示する。忙しいと、どうしても耳を傾けず閉じてしまう傾向がある。常に耳を傾けることは必要であると自分に言い聞かせている」と、徹底したコミュニケーションをベースにした経営手法を取り入れる考えだ。
「現場に費やす時間を1週間の70%にまで引き上げる」とする日本IBM社長の橋本孝之氏、「私がやってきた現場主義は継続する。月1回は海外の拠点にも足を運ぶ」とする富士通次期社長の山本正己氏と、現場主義型の姿勢は一緒となりそうだ。
遠藤氏は、2003年4月にモバイルワイヤレス事業部長に就任した。それが最も心に残っている仕事だという。担当したのは「パソリンク」。超小型マイクロ波通信システムと呼ばれる製品で、携帯電話サービス、データ回線サービスに不可欠なバックホール回線を提供する基盤システムである。赤字に陥った同事業の立て直しに挑む大仕事だった。
「それまでは月3000〜4000台の事業規模であり、赤字となっていた。生産を担当するNECワイヤレスネットワークスからは、月6000台になればブレイクイーブンになると言われた。海外での事業拡大を捉え、営業部門にはターゲットユーザーをリストアップし、新たな顧客に月2回訪問してもらうようにした。ビジネスは信頼関係がないとできない。契約書にサインをする際に、相手の頭に浮かぶのは、NECのロゴに対する信頼度よりも、目の前にいるNEC社員の信頼度。この社員ならば、なんとかしてくれるだろうという関係こそが大切」とし、「この経験を通じて、ボリュームの大切さ、信頼関係のありよう、意志を持ってビジネスをやれば結果を生むことができる点を学んだ」と語る。
結果、遠藤氏はパソリンクを世界シェアナンバーワン製品へと押し上げた。世界で戦える製品は、残念ながらNECの中にはまだ少ない。この成功経験が、今後、NECが目指すグローバル化にどう生かされるのかが注目される。
一方で、経営改革には厳しい姿勢で臨む姿勢も見せた。
「相乗効果が薄いと判断した事業に関しては、グループから切り離していくことも積極的に考えていく。その一方で、相乗効果が高いと思われるもの、あるいは足りない部分があれば、積極的にグループに取り込みたい」と、構造改革やM&Aにも乗り出す考えだという。
「売上高、利益、グローバル化と課題はあるが、どれを重視するかといえば収益を中心に物事を考えるべき」とする。2012年度に営業利益2000億円、最終利益では過去最高となる1000億円が、遠藤新社長体制での「必達目標」(遠藤氏)となる。
具体的には、クラウド事業の成長が遠藤氏に課せられたテーマとなろう。「クラウドに賭ける」と同氏は意気込む。そして、「クラウド事業は、厳しい中でもビジネスに変えていける領域。むしろビジネスチャンスがあると考えている」と見る。
クラウド事業は、ITとネットワークの融合が基盤。これを矢野氏は、「NECが得意とするストライクゾーン」と表現する。次期社長の遠藤氏も「ITとネットワークの両方を持ち、これを機動的に動かし、機能を最大限に生かすことができるのはNECの強み」と異口同音に語る。
遠藤氏は矢野氏に続いて、2代続けての通信畑出身の社長となる。それ以前の西垣浩司氏、金杉明信氏という2代続いたコンピュータ部門出身の体制からは、流れが大きく変わったというのが外からの見方だ。だが、遠藤氏が取り組むクラウド時代になって、西垣、金杉両社長時代に築き上げたコンピュータ文化と、矢野氏が取り組んだNGNによるコミュニケーション事業基盤を融合した「C&C」の真価が問われる時代に入ってきたとも言えよう。
1977年に中興の祖といわれる小林宏治氏が提唱した「C&C」の言葉が、今回の会見では何度も聞かれた。C&Cの提唱から35年目となる2012年度を最終年度とする中期経営計画「V2012 -Beyond boundaries, Toward our Vision-」において、C&Cクラウド事業関連で1兆円の売り上げ規模を目指す。実に、同社売上高の4分の1を占める計画だ。
クラウド事業の成功の鍵を握るのは「C&Cの融合」であると遠藤氏は言う。C&Cの言葉の意味を、「統合」から「融合」に近い意味へと進化させることができるかどうかに、同社の未来がかかっていると言えそうだ。