Steve Jobsが亡くなった、との知らせが届いた。8月に彼がAppleのCEO職を退いた時点から、いや、それ以前よりカヘキシーを想起してしまう痩身ぶりを見るにつけ、この日がそう遠くないことを覚悟してはいた。それでも驚き、動揺してしまうのは、彼のビジョナリーとしての才能に感服しているからなのだろう。“人間とコンピュータの関係”というテーマに限っていえば、彼ほどのビジョンと情熱を兼ね備えた人物は今後しばらく、いや、もう二度と現れないかもしれない。
私は彼と直接言葉を交わしたことはないし、接近したのは2005年8月に東京国際フォーラムで開かれたイベントの基調講演で中央最前列に座っていたときなど、数えるほどだ。その意味で彼は他のコンピュータ企業経営者と変わりなく、特別な存在ではない。むしろ、努めて冷静に彼を見るようにしていたつもりだ。
しかし、いちコンピュータユーザーとなると話は違う。Bill Gates、Bill Joy、Avadis Tevanian、故人ではJay Minerなど、敬服するコンピュータ技術者は大勢いるが、自分がただのコンピュータユーザーから現在の職業へとハンドルを切ったきっかけは、彼、Steve Jobsにある。
最初に彼の名を知ったのは、中1のときから定期購読していたログイン誌上だったと記憶している。当時ゲーム好きが高じて機械語プログラミングに没入していたため、ピンポールコンストラクションセットやWizardry、ChoplifterといったApple IIシリーズ向けのゲームは完成度の高さから憧れの的だったが、Apple製品自体にはそれほど興味を持たなかった。ROMに書きこまれたBASICがOSの代役を果たしていた当時のこと、後年コンピュータがライフスタイルにまで影響するなど思いもつかない。彼のことも、創業者にしては若くてカッコいいなあ、程度の認識だった。
その後受験などの理由でコンピュータから離れていたが、徐々に復帰、大学卒業後勤めた某信託銀行の給与の多くをPCパーツ代や通信費に充てるようになった頃、気づけば彼のフォロワーとなっていた。AppleでもMacintoshでもなく、NeXTだ(表記は時代により数種あるがこれで統一する)。
NeXTは、とにかく“一本筋が通って”いた。Machマイクロカーネルを採用するなど先進設計でありつつも、4.3BSDとの互換性を確保。オブジェクト指向を前面に掲げたのはNeXTが最初期で、それは「Interface Builder」として具現化されていた。いまや常識のTCP/IPも、OS標準かつ不可分の機構としてNeXT誕生当初から採用されている。最新の機能と洗練されたGUI、美麗かつ隙のない筐体、当時の自分が理想として思い描いたコンピュータがそこにあった。NeXTが、彼という存在がなかったら、コンピュータに近い世界で仕事をしようとは考えなかったはずだ。
彼の訃報にあたり、しばらくは彼の業績をたたえる記事が溢れるだろう。それはMacであり、iPhoneであり、iPodであるだろうが、製品ではなくその根底に流れる“筋”を見ていただきたい。Macを支えるコア技術ともいえるMac OS Xは、源流たるNeXTの頃から基本設計を変えていない。Mac OS Xと多くの技術を共有するiOSにしても然り。iPodには、Appleの真骨頂ともいえるユーザーインターフェイスの思想が反映されている。いずれも彼がこだわり抜いた部分で、筋の通ったビジョンがある。
彼がいなくなったAppleは、次第に変貌するだろう。しかし、彼のビジョンが引き継がれるかぎり、“人間とコンピュータの関係”はさらにいい方向へ進むに違いない。私は職業柄、客観的立場を崩すわけにはいかないが、そのビジョンの行方は愛情を持って見守りたいと思う。
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