深センのとある夏の夕方。外は暑いが、Appleストアの店内は過ごしやすい温度に保たれている。売り場では若い客たちが、90年代初頭の英国のインディーズ音楽に合わせて体を動かしながら、スマートフォンを品定めしている。彼らが聴いている曲が作られた時、彼らはまだ生まれていなかった。それどころか、1200万人を数えるこのメガシティの多くの住民が、まだ生まれていなかったのだ。
深センはほんの35年前まで、海の向こうに見える裕福な香港をうらやむ海岸沿いの小さな漁村にすぎなかった。しかしその後、鄧小平によって中国初の経済特区、すなわち海外からの投資と起業が奨励される地区に指定された。
それ以来、深センは急速な成長を遂げ、世界最大の都市の1つに数えられる壮大なメトロポリスに発展した。またその過程で、世界のIT業界における製造の中心地にもなった。シリコンバレーが世界のソフトウェア業界を支える礎だとすれば、深センは世界のハードウェア業界を支える礎だ。
今日では、この都市の海岸通りに建ち並ぶビルのシルエットは深セン湾に沿って広がっており、香港に匹敵するほど印象的な景色を作り出している。また、Appleストアのあるダウンタウンの巨大モールには、欧米の超高級ブランドを扱う店が軒を連ねており、屋内アイススケート場まである。筆者は数千ドルもする派手なシャツを販売する店の中をじっくり見て回った。平日のラッシュアワーに差しかかっているため、外は高級スポーツカーや輸入4WD車がバスと車線の奪い合いをしている。こういった光景もIT製造業が街にもたらした豊かさの象徴と言える。
歩道は木の葉で覆われ、幹線道路沿いには街路樹が植えられており、巨大かつ壮大な公共建築物が建ち並んでいる。しかし、無邪気に恋に落ちてしまうような街ではない。深センはあまりにも急速に成長したため、その脈打つ心臓部を見つけることが難しいのだ。とは言うものの、その凄まじいまでの野望は疑いの余地がない。先ほどの高級モールでは、都市のはずれにある丘陵地で既に建築が始まっているマンションのモデルルームも展示されている。
深センはFoxconnのような巨大製造企業の拠点として知られているが、さまざまなガジェットの部品から完成品に至るまで、あらゆるものを製造する数多くの小規模工場もこの地を拠点にしている。この都市は数十年にわたって電子機器をひっそりと作り続けてきたが、今日ではハードウェアの新興企業が集まる場所に、そして世界を舞台に活躍しようとする中国最大規模のIT企業のいくつかが拠点を置く地へと再び変貌を遂げようとしている。