1個の生産原価は何円か--和歌山のみかん畑にみる農業クラウドの実践

羽野三千世 (編集部) 2015年09月20日 07時00分

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 農業クラウドのさきがけである富士通の農業SaaS「Akisai(秋彩)」。生産現場から収集したデータをもとに企業的農業の経営、生産、販売までを支援するサービスであり、露地栽培、ハウス栽培、畜産をカバーする。現在、農業生産法人、契約農家を持つ流通小売り業者、JA関連団体など約350の企業・団体が利用しているそうだ。

 Akisai利用企業の1社、早和果樹園を取材した。そこで見たのは、自然相手に試行錯誤する富士通担当者の苦労と、自然の不確定性も新しいテクノロジも受け入れる農業生産者の度量、4年にわたる実証実験をともに推進した両者の強い信頼関係だった。

ブランドみかんの生産拡大、生産原価把握を目的にAkisai導入


和歌山県有田市にある早和果樹園の社屋

 早和果樹園は、和歌山県有田市で「有田みかん」を生産、加工する農業生産法人だ。1979年に7戸のみかん農家が集まって「早和共撰」を組織、2000年に有限会社として法人化した(2007年に株式会社に組織変更)。50人弱の従業員で、みかんの露地栽培と、ジュースやゼリー、ジャム、ポン酢などのみかん加工品を製造、販売している。みかんの外皮を剥いてから搾汁する独自製法の果汁加工品が人気で、年商約6億円のうち、加工品の売り上げが5億円を占めるという。

 同社は2011年度から2014年度にかけて、富士通と連携してAkisaiを利用した実証実験を行った。2015年度以降もAkisaiのトライアル利用を継続している。

 実証実験は、みかん生産に関する作業データ、気候や土壌などの環境データ、生育データを蓄積して、(1)適期作業による高品質みかんの生産拡大、(2)複数ある農園で園ごとの生産原価の把握――に活用することを目的としていた。


早和果樹園のみかん農園

樹木1本1本に巻き付けたID番号の札

 2011年度から2012年度にかけては、ますはデータを確実に蓄積する仕組みを整えることにフォーカス。5000本の樹木1本ごとにID番号を付与し、それぞれの樹木に対する作業、生育状況、収穫された果実の糖度などのデータを記録した。「富士通さんの指示で、樹木1本1本にID番号の札をくくりつけました。生産部のスタッフで手分けして作業しましたが、結構大変でしたね」――早和果樹園 取締役常務の松本将輝氏はこう振り返る。

 土壌の状態や外気温のようにセンサで収集できるデータもあるが、人力で集めるしかないデータも多い。実証実験の最初2年間は、ID番号を付与した樹木に対して、花や芽の生育状況を手動で全量調査し、収穫果実の糖度を記録した。作業記録をデータとして蓄積するために、それまで作業者が紙に記録していた「農作業日報」をデジタルでも入力することを始めた。

 早和果樹園でのAkisai実証研究に張りついて指揮した富士通 ソーシャルイノベーションビジネス統括部 Akisaiビジネス部の川井大輔氏は、「みかん栽培で、どのデータがどう活用できるかは未知の領域。とにかく初めのうちは、力技であらゆるデータを収集してもらいました」と話す。

富士通の提案で樹木を間伐

 実証実験2年目のある日、「みかんの樹木を半分伐採しましょう」と富士通の川井氏に切り出された早和果樹園の松本氏は大変驚いたという。

 川井氏がデータを分析した結果、平地に位置する農園では、園中央の樹木で収穫される果実の糖度が低くなる傾向が明らかになった。中央では樹木が密集しているため、日照や水はけが悪くなることが原因と見られる。データからは、樹を減らせば果実の品質が向上する可能性があることが読み取れた。しかし生産者の松本氏にとって、幼木から1人前に育てるには10年もかかるみかんの樹木を伐採するのは勇気のいることだった。

 結局、川井氏からの熱心な提案を受けて松本氏は、農園1カ所を対象に半数の樹木を格子状に伐採した。その結果、対象農園では糖度12度以上のブランドみかん「味一みかん」の比率が20%から32%に向上。樹木が半減したにも関わらず、10アールあたりの収穫量が5200㎏から5600㎏に増加した。

蓄積したデータの本格活用へ


早和果樹園 生産部の皆さん、2015年度の新入社員が中心の若い現場だ

 実証3年目の2013年度は、データの蓄積からデータの活用へ、取り組みの軸をシフトした。デジタル入力した農作業日報のデータをもとに、カレンダと地図上に「何日に、どの農園で、何の作業をしたか」を視覚的に表示。しばらく立ち入っていない場所を赤く表示して、作業遅れが発生しない仕組みを整備。日々の生育状況のデータから、作業の優先順位を決めることも始めた。

 同時に、収集するデータの種類や精度を見直した。例えば、2年間5000本の樹木を全量チェックしていた「花の咲く量」については、生産者が人手で継続することが現実的でなくセンサで自動化することも困難と判断し、各農園を遠巻きに目視チェックする体制に切り替えたという。「みかんは樹木の表面だけでなく内部にもなるので、花や果実の状態をカメラなどで自動チェックすることが難しい。ここは人の作業になる」(松本氏)


作業履歴をカレンダと地図上に表示

農地ごとの収益見える化を達成

 実証4年目の2014年度は、農業経営へのデータ活用を実践した。蓄積した作業データから、農園ごとに人件費、資材費などの生産コストを算出。生産コストと収穫量から農園ごとの収益を計算し、高採算農園の特徴を整理して他農園の改善につなげる、高採算農園の作業優先度を高くするなど、経営の観点からの生産改革を進めた。


作業データと収穫量をもとに農園ごとの収益を可視化(数値はサンプル)

 松本氏は、今回のAkisai実証で得られた最も大きな成果は、「みかんの生産コストが見える化できたこと」だと感じている。「これまで、みかんの価格はJAの会議で“今年は何円で売ってほしい”と言われて、その価格に合わせていました。生産コストが把握できるようになり、価格付けの根拠となるデータができました」と松本氏。

 一方、実証実験の4年間を通して、ブランドみかんの収穫量は直線的には増えていない。Akisai導入前には24%だった味一みかんの出荷割合は、樹木の伐採などの施策を講じた2012年度に53%まで増加したが、2013年度には46%にとどまっている。「富士通さんは実証開始時に“味一みかん3倍化”と短期目標を出していたけど、農業は自然相手なので毎年毎年うまくいくわけではない。蓄積したデータをもとに、ブランドみかんの収穫量が多い樹木に手をかけるようにして、気長に収穫量を増やしていきます」(松本氏)


農園を見下ろしながら4年間の実証実験を振り返る早和果樹園 取締役常務 松本将輝氏(左)と富士通 ソーシャルイノベーションビジネス統括部 Akisaiビジネス部 川井大輔氏(右)

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