北川裕康「データアナリティクスの勘所」

ITベンダーが出す「導入事例」は本当に有効か?

北川裕康 2015年11月05日 12時40分

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 今回は、私の勤務するようなITベンダーが提供する導入事例の活用について考えてみたいと思います。私は、現職のSASでも、以前勤めていた日本マイクロソフトでも顧客事例の制作と公開について責任をもっておりました。今も日々、事例収集と格闘しています。顧客企業の都合があり、事例になっていただくのは本当に難しいです。

 企業が導入事例を活用する目的は、大きく分けて以下の4つがあると思います。

  1. 導入を検討する製品やソリューションの調査のため。製品カタログと同じレベルの使い方です(これ以上は述べません)
  2. 導入する製品やソリューションについて自社と同じような事例を確認して、安心材料にする
  3. 実際に製品やソリューションを導入する際に、本当にその製品やソリューションが機能しているか、課題は何かなどを先行導入している企業から直接ヒアリングして参考にする
  4. 最先端の事例を参照して、競合他社を出し抜くIT戦略を練る

 1から4に向かうほどに、事例を参照することの戦略性が高くなります。また、求められる情報の粒度も高まります。3になると、事例の公開についても高い戦略性ゆえに他社に話したくないというケースが多くなるため、収集には殊更苦戦します。

 一方で、公開する事例になる企業の目的はPRです。IT先進企業としてブランド認知を高めたいとする企業が大多数だと思います。たまに、お付き合いで事例公開を承認いただくケースもあります(どのような理由で引き受けていただいても、いつも感謝します)。

そのまま参照するだけではIT戦略を差別化できない


 日本企業では、2の「安心材料にする」という目的での事例活用が多い印象です。これは決して悪いことではないですが、そのまま参照するというのは、公開されている一部の他社と同じようなレベルに到達するという意味であり、そこに大きな差別化の要素は見出しにくいです。ですから、それだけではビジネスに勝つための有効なIT戦略は打てません。

 日本マイクロソフトなどが、新しい製品をリリースした時点ですでに導入している顧客の事例を発表することがあります。なぜ?と思われるかもしれませんが、この目的のためにベータ段階から顧客をサポートし、導入を進めていただく早期採用プログラムを実施しているのです。

 私も日本マイクロソフト時代、多くの早期採用に関わりました。できるだけ早く採用を本格化したいというベンダーの目的と、新しいITを使っている企業として認知を高めたい企業の目的が合致したときに成立するプログラムです。

より賢く事例を活用するには

 3の「先行導入している企業から直接ヒアリングする」目的での事例活用ですが、海外の企業は、製品やソリューション導入の際、電話会議や直接ミーティングをして他社からエンドースをとる傾向があります。実際に導入してどうだったの生の声が聞けるわけですから、有効な情報を得ることができます。私の会社でも、海外の別の子会社からこのようなリクエストを受けることが多いです。


 先行導入企業にヒアリングする機会をもちたい場合は、ベンダーの担当営業に相談してみてもいいのではないでしょうか。ただ、他国の顧客の話しを聞く際は、ベンダー側にそのようなグローバルでの事例管理の体制がないと、実現は結構難しいです。

 そして、4の「最先端事例」。SASで驚いたのは、アナリティクスの最先端をいく日本の企業が、さらに最先端の事例を個別に聞いてくること多いことです。このような企業は、最先端の事例でないと見向きもしてくれません。予測型のより難易度の高いアナリティクスを活用している企業ほど業績が高い傾向があり、最先端のアナリティクスを展開する重要性を認識しているからだと思います。

 最先端事例を学ぶためには、ベンダーの担当営業に「一般的には公開されていないが、個別には事例内容が説明できるものがないか」を問い合わせてみるとよいでしょう。特に海外の事例を参考にするのがいいと思います。世界は情報の宝庫です。

異業種の先端事例に学ぼう

 事例活用に関して、これは絶対やったほうがいいと思うのは、「異業種の先端事例を研究して自社に取り込むこと」です。新しい物事の創造は、異なる何かを統合したり、連結したりすることから始まるからです。同業種の中での最先端のIT活用より、さらに戦略的な活用が見つかる可能性が高いと思います。

 特に、金融機関や通信会社のベストプラクティスを参考にすることはとても有効です。なぜなら、IT予算の規模も大きく、データベースもビッグで、世界中を見渡しても本当にIT活用が進んでいます。

顧客事例はITベンダーの武器にもなる


 ITベンダー側からみると、事例というのは、Geoffrey A. Mooreの提唱する「キャズム理想」のキャズム(早期採用者とアーリーマジョリティとの間にある大きな溝)を超えるために重要な手段になります。

 時間の差はあれ、製品やソリューションは「イノベーター」に受け入れられ、他者に先んじて投資しようとする「早期採用者」によって支持され、そして実利主義者であり成功の鍵を握る「アーリーマジョリティ」や保守的な「レイトマジョリティ」に採用されていくという過程をたどります。

 次のステップにいくためには、顧客事例が武器になります。多くの早期導入顧客の声をもとに、早期採用者とアーリーマジョリティの間にあるキャズムを飛び越えないといけないのです(余談ですが、Apple社の製品は、いきなりアーリーマジョリティになる珍しい製品です。とてもうらやましいです)。

 最後に。はい、導入事例は本当に有効です。安心材料、実導入の際の参考、最先端事例、どの事例活用も有効ではありますが、導入する製品やソリューションによって、戦略性、導入の困難さ、製品の新しさなどを鑑みて、活用法を使い分ける能力をもつことが大事だと思う次第です。

北川裕康
SAS Institute Japan 執行役員 マーケティング本部 兼 ビジネス推進本部 部長。SAS入社以前は、シスコシステムズのマーケティング本部長、日本マイクロソフトの業務執行役員を務め、BtoBマーケティングで20年以上の経験を持つ。

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