日本銀行総裁の黒田東彦氏は3月17日、「決済システムフォーラム」で講演し、決済をはじめとした金融サービス領域で、FinTechを中心とした新たな技術が注目を集めていると話した。日銀として、決済機構局内に新たに「FinTechセンター」を設立すると発表、金融サービス向上への取り組みを強化する。
黒田氏は決済分野にイノベーションが起きている背景に、供給側、需要側両方の要因が働いていると指摘。
供給面では、コンピュータの処理能力が飛躍的に伸びており、ビッグデータ解析を可能にしていることなど、情報通信に関連する技術革新の進展を挙げる。モバイル端末などのインフラ普及も後押してしているという。海外では特に新興国で、モバイル決済などの新サービスが広がっているとする。
需要面では、経済のグローバル化を背景に、eコマースやシェアリングエコノミーなどを挙げ、多数の取引が国境や時差を超えて実施されている点を指摘した。
「例えば週末や深夜のネットショッピングや少額の海外送金などと相性の良い決済手段などへのニーズが、新たに生まれている」(黒田氏)
ポイントカードなど、決済に付随するさまざまな情報を活用したいといったビジネスニーズも強まっているとしている。
「与信や投資、リスク管理などは、多くの情報の集積と分析の上に成り立っており、ここに新しい情報技術を活用していく余地が生まれる。中でも決済は情報伝達が大きなウェイトを占めている」
また、「デジタル通貨の技術基盤である分散型元帳」であるブロックチェーンなど金融イノベーションに伴い誕生した新たな技術が、幅広い用途に応用されていく可能性も考えられるとする。
ブロックチェーンについて黒田氏は「特定の主体に頼ることなく、集団の検証作業を通じて帳簿などの正しさを確保する仕組みとして、幅広く応用できる」と述べた。実際に、株式など金融資産の移転記録や不動産登記簿の管理などへの応用が検討されているという。
黒田氏は、こうしたイノベーションの便益を享受し、経済の発展につなげるために重要と考える次の3点を指摘する。
- 情報技術革新や人々の金融ニーズに対する高い感性。金融機関を含め、金融サービスの提供に関わる主体は、人々のニーズの変化や応用可能な技術の進歩に対し高いアンテナを持ち、新技術に対して柔軟な姿勢が求められているようになる
- 業態を超えた幅広い主体によるコミュニケーションの重要性。金融機関と、情報技術やデータの活用などの面で優位性を持つハイテク企業やベンチャー企業など、さまざまな主体による新たなネットワークの形成や、この中での対話、健全な競争などが有益な基盤となる
- 金融インフラに対する人々の信頼の確保。金融インフラへのハッキングやサイバー攻撃などが目立つ。暗号技術や生体認証などのテクノロジ活用も重要となる
黒田氏はさらに、決済イノベーションと中央銀行の関わりについて触れている。
「日銀は最も身近な決済手段である銀行券を発行している。金融機関の間での大規模な資金決済や国債の決済を担う日銀ネットも運営する。いかなる資金決済も、最終的には中銀マネー、すなわち現金ないし中銀当座預金を通じた決済により完結することを踏まえれば、日本銀行が提供している決済インフラは、まさに日本経済の基幹的なインフラだ」(黒田氏)
そこで、民間決済システムも含めた決済システム全体の安定性を維持し、その効率性を向上させていくことは、中央銀行としての重要な課題の認識。この観点から、日銀は民間決済システムへのオーバーサイト活動を通じて、モニタリングや対話を実施するとともに、必要に応じてこれら決済システムの安定性の確保や機能向上へと働き掛けているという。
自ら運営する日銀ネットについても、その高度化を進めており、2015年10月には新たな日銀ネットを全面稼動させた。最新の情報処理技術を採用し、アクセス利便性の向上も図られているなど決済のイノベーションや新しい金融サービス提供の動きを、基幹インフラの面から十分にサポートし得るものとなっていると強調した。
黒田氏は決済イノベーションを遂行するため、既存の金融業の枠を超えた関係作りが重要とし、中央銀行として「触媒」としての役割も積極的に果たすとしている。