このように安全行動の手順を明確に定めておくことは重要な対策ではありますが、実際の現場では効率化要求があるため、全て手順通りにできないことがあります。つまり、現場の判断で手順を省略しても、うまく調整できてしまう場合があるということです。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。「手順を省略してもうまくいった」という“エセ成功体験”を担当者はその後も同様の場面で繰り返すことになり、それは他の担当者にも引き継がれ、その行為はいずれ職場全体にまん延する恐れがあります。そして、それがある時、不意にヒューマンエラーとなって表出するのです。
また、ヒューマンエラー対策では、対策の質、量が現場に合ってない場合がしばしばあります。例えば、上長から新しい対策をするように命じられたとしても、現場ではすぐに新しい対策に切り替えることはせず、しばらくは従来の対策と並行して実施することが多いようです。そのため、かえって作業量と精神的負荷が増大し、リスクが高くなってしまうのです。失敗を恐れるあまりに対策が荷重になり過ぎて自分で自分の首を締め、ヒューマンエラーの引き金を引いている状態です。
対策の導入を検討するにあたって、その対策が質、量ともに職場に適しているかどうかを見極めなければなりません。そのためにまず、業務の流れをモニタリング(監視)する必要があります。そうすることで、その改善策が職場にとって有効なのかどうかが見えてきます。その結果、失敗しない対策を選ぶことができるのです。
事故の原因がマシンエラーであっても、ヒューマンエラーであっても、現場では事故が起きる前の正常な状態に復元していく能力(復元力)が求められます。しかし、今のところ復元は現場の熟練者に頼っているのが現状であり、これを磨くための教育訓練環境が十分に整っているとは言えません。
次の第3章では、個人がヒューマンエラーを抑止していく術を詳しく解説し、上述の復元力についても触れたいと思います。
- 熱海 徹(あつみ とおる)
日本放送協会 情報システム局/ICT-ISAC事務局次長 - 1978年日本放送協会(NHK)入局。主に番組運行勤務、ハイビジョンスタジオ設備などの技術管理部門に従事。東京、仙台、山形の放送局を歴任し、山形局技術部長時代にはヒューマンエラー低減に向けた活動を展開し、放送人為事故の10年間無事故を達成した。2013年から情報システム局にて、主にネットワークの運用や情報セキュリティ対策グループの立ち上げ、部門統括を担当。2016年7月より、一般社団法人「ICT-ISAC-JPAN」に出向し、放送業界全体のセキュリティ対策を担当。セキュリティ関連の講演も数多く行っている。