エンタープライズトレンドの読み方

松崎しげるの黒い戦略--IT業界でコアにフォーカスし続ける困難

飯田哲夫 (アマゾンウェブサービスジャパン)

2018-08-14 08:00

 最近、Facebookでやたらと「ウタマロ石けん」の「黒い男2」の動画広告が出てくるのだが、自分は襟の汚れたサラリーマン的なプロファイリングになってんのかな? 石鹸なんか興味が無いよとスクロールしてやり過ごそうとすると、勝手に再生されていく動画のカメラが徐々に左の方へ向いてくので、何が出てくるのかな~と見ていると、サラリーマンの肩に跨って歌う松崎しげる。

 これが全く意味わからなくて、ついつい再生してしまう罠。黒い松崎しげるをシャツの襟汚れのメタファーに、その頑固さを想像を絶するうっとうしさで描くショートムービーであった。何がすごいって、松崎しげるの成り切りぶりがすごい。

 この松崎しげるであるが、2005年放送の『トリビアの泉』で、その肌の色を再現するための絵具の調合割合が検証されている。それはサクラクレパスの水彩絵具で黄色25%、朱色45%、緑14%、白16%、である。

 しかも、その「まつざきしげるいろ」は、サクラクレパスによって限定10本制作され、その作り方は同社のウェブサイトで公開されている。松崎しげる、色黒ネタで良く登場するが、それは10年以上前から見事な商売道具になっているのである。

 さて、ITのビジネスであるが、それは常に新しいテクノロジの登場とそのコモディティ化の繰り返しだ。そこでビジネスを行うプレーヤーは、いち早くそのコモディティをスケールさせる側に回るか、高付加価値を高める側に回るかの選択を迫られる。

 しかし、そんな戦いをやっている間に、早くも新しいテクノロジが登場して、全ての秩序が一から再構築される。それが何度も繰り返され、そのプレーヤーのどこかに属する襟の汚れたサラリーマンは、市場の激しい動きに翻弄されて苦労するのである。あ~疲れるな。

 しかし、肌の黒さを売りにする松崎しげるを見ていると、そんな世の中の流れに翻弄されない事業戦略というのがあるのではないかと思ったりするのである。

 流行り廃りの早い音楽の世界において、その変化する音楽そのものではなく、肌の色が黒いというところにとことん磨きをかけて(Wikipediaによれば、松崎しげるは、日焼けサロンに通うだけでなく、事務所にも自宅にも日焼けマシーンを設置しているらしい)、それを他のミュージシャンに対する差別化として持続性のある存在感を発揮する。

 確かにIT業界においても、プラットフォームが何だろうが、オンプレミスだろうがクラウドだろうが、「自分の得意はこれ」みたいな会社がある。でも、それはそれで、松崎しげるが日焼けの努力を怠らないのと同じように、強みへのフォーカスが必要だ。変化の激しいITの領域で、変化に惑わされずコアにフォーカスする選択こそが困難な経営判断だ。

 やっぱ、歌手なのに日焼けにフォーカスし続ける松崎しげるはすごいな。しかも、その際立つ黒さを目がけて、いろいろな人がユースケースを考えてくれるわけである。絵の具による肌の色の再現であったり、シャツの襟の汚れのメタファーであったり、本人ですら思いつかなかった活用方法だろう。コアの強みもそこまでいけば、しめたものである。

 ちなみに、松崎しげる以外に今年自分の中でヒットしているのは、ひょっこりはん。……なんか人間として駄目になってきた気がしてきた。

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

アマゾンウェブサービス ジャパンにて金融領域の事業開発を担当。大手SIerにて金融ソリューションの企画、ベンチャー投資、海外事業開発を担当した後、現職。金融革新同友会Finovators副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術教育の老舗「美学校」で学び、現在もアーティスト活動を続けている。報われることのない釣り師

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