AWS re:Invent

ファンを魅了するデータの見せ方--F1運営者が語った2019年の施策

國谷武史 (編集部)

2018-12-26 06:00

 自動車レースの最高峰であるFormula 1(F1)は、時速300kmを超える究極の環境で人間のドライビングテクニックとマシンのテクノロジを競い合う世界だ。そこでのデータ活用は勝負を左右するだけでなく、レースを楽しむファンの満足度も左右する。2018年11月に米国ラスベガスで開催されたAmazon Web Services(AWS)のカンファレンス「re:Invent」では、F1を運営するFormula One Group モータスポーツ担当マネージングディレクターのRoss Brawn氏が、2019年に予定しているというデータの“見せ方”を披露した。

F1を運営するFormula One Group モータスポーツ担当マネージングディレクターのRoss Brawn氏。ドライバー年間王者の最多獲得回数記録を持つMichael Schumacher氏の乗るマシンの開発責任者などを経歴した
F1を運営するFormula One Group モータスポーツ担当マネージングディレクターのRoss Brawn氏。ドライバー年間王者の最多獲得回数記録を持つMichael Schumacher氏の乗るマシンの開発責任者などを経歴した

 Brawn氏は、最多7回のドライバー年間王者として知られるMichael Schumacher氏が搭乗したBenettonやFerrariのF1マシンの開発責任者を務め、現在のMercedes-AMG F1のチーム代表を歴任したエンジニア出身の著名な人物だ。現在は、年間20レースを超える世界各地のサーキットで現場責任者という立場にある。

 F1における“時間”の感覚は、例えば、サーキットを1周する速さを競う場面なら1000分の1秒、タイヤ交換ならマシンの停止・交換・発進に2秒も満たない。「F1は世界最速のクルマを開発する競争だ。マシンに搭載する百数十種類ものセンサで膨大なデータを収集し、高速に処理し、勝利のための戦略に利用している」(Brawn氏)

 F1でのデータ活用は多岐に渡るが、主にはマシンの設計や開発、レギュレーションに関する領域と、レースに勝つための領域に大別されるという。前者の領域では、現在で言うハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の技術が古くから導入され、空気力学に基づくマシン設計でのシミュレーションなどに利用されてきた。後者は、主にレース中のマシンの状態やドライバーの操作に関するものだ。従来はマシンに装着された100以上のセンサからテレメンタリーシステムを介して収集するデータをもとに、ピットインでのタイヤ交換のタイミングあるいはマシンの状態に応じた走行ペースの加減といったことを判断する。

 こうしたデータは、かつてF1チーム内部だけに閉じて利用されていた。現在は多くの種類のデータをF1運営者側にも提供することになっており、Formula One Groupでは、各チームから提供されるデータをAWS上に集約、機械学習処理を通じて、その結果を規制内容の検討やテレビ中継を通じたファンサービスに利用する。

2018年シーズンのF1レースは21カ国で開催され、180カ国以上で5億人以上がテレビ観戦したとされる
2018年シーズンのF1レースは21カ国で開催され、180カ国以上で5億人以上がテレビ観戦したとされる

 テレビ中継の映像には、走行中のドライバーがサーキットのどの位置にいるのか、スピードやアクセル、ブレーキの加減、パワーユニット(ターボエンジンとモータなどによるハイブリット機関)の状態などが表示される。熱心なF1ファンは、こうした情報からドライバー同士の抜き合いがどこで発生しそうか、あるいはチームが順位を上げるためにどのような戦略を実行するのかを予想するのが、楽しみというわけだ。

 Brawn氏よれば、Formula One Groupでは、これまでに蓄積した膨大なデータをAmazon SageMakerで学習させ、そのモデルを使ってレースの進行を予測する仕組みを新たに開発した。従来は、あくまで走行中のマシンに関するデータをファンに見せるものだったが、この仕組みにより、例えば、後続のドライバーが前を走るライバルを右側から追い抜くのか、左側から追い抜くのか予想し、その確率をパーセンテージで中継画面に表示する。また、マシンの前後左右のタイヤの摩耗具合をグラフィカルに表示し、あと何周でピットへ交換に入るのか、そのタイミングで順位がどう変動するのかを予想する。

 古くからのF1ファンは、自分の知識とテレビ中継に映るサーキットの様子やアナウンサーの現場レポートなどを頼りに、ひいきのチームやドライバーがレース中にどう行動するのかを予想し、楽しんでいた。当然ながら予想結果の当たり外れは大きく、それに一喜一憂するのも楽しみ方だった。

 最先端の機械学習技術に基づくレースの展開予想は、こうしたオールドファンの楽しみ方を奪いかねないと危惧する声がある反面、詳細なデータを駆使して戦略を立案するF1チームのクルーを疑似体験できるリアル性が面白いと好意的な意見もある。

 F1は興業でもあり、世界で約5億人とされるファンの維持・拡大が大きな課題となる。日本でもかつては人気を博したが、近年は下火。主催・運営側は年間のレース数と開催地を増やして、新規市場でのファン獲得に取り組み続けてきた。クラウドと機械学習を駆使するファンサービス強化の行方が注目される。

(取材協力:アマゾン ウェブ サービス)

Formula One Groupが企画している2021年のF1マシンのコンセプト。現在のマシンより空力学的なデザイン性が変化するようだ

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