日本マイクロソフトは5月17日、同社の「公共機関向けクラウド利用促進プログラム」の進展状況に関する説明会を開催した。同プログラムは政府・自治体、教育、医療などの公共機関におけるMicrosoft Azureの導入や移行、利用促進に向けた支援策として2018年10月に発表している。同社は公共機関およびパートナー企業向けに「公共機関におけるクラウド人材育成プログラム」を実施し、4万人規模の人材確保を図る。
マイクロソフトの「公共機関向けクラウド利用促進プログラム」(出典:日本マイクロソフト)
同プログラムの背景には、英国政府が2012年11月に発表した「Government Digital Strategy(政府デジタル戦略)」の存在が大きい。英国政府は、最初に3つのセキュリティーレベルを定義してデータの棚卸しを行い、次にそれまでの閉域網からセキュリティーを担保した状態でのインターネット利用に移行している。そして2014年には、2012年に開始したクラウドサービス「G-Cloud Framework」を拡張した「Digital Marketplace」を開始。それまで限られたベンダーしか参加できなかった英国政府の市場に対して、多くの中堅中小企業が参入可能となり、スタートアップの成長など1つの成功モデルが生まれた。
日本マイクロソフトは、英国政府の取り組みを参考に「4万人」という数値設定を行い、「より良いサイクルを生み出す枠組みを日本に持ってくるのが中心」(執行役員 常務 パブリックセクター事業本部長の佐藤知成氏)と説明する。具体的にはパブリッククラウド活用やPaaS/IaaSハンズオン、人工知能(AI)/IoT活用といったトレーニングを実施。さらに、2019年7月からはオンライントレーニングの提供も予定している。また、官邸が実施してきた「未来投資会議」で議論中の、新たなITスキル標準に対応したクラウド認定資格も提供する。内容は、Azureデータサイエンティストなどの複数のカテゴリーを設けて順次提供を開始するという。
日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター事業本部長の佐藤知成氏
公共機関向けとしては、米国本社が提供を開始している「AIビジネススクール」を日本でも展開する。顧客ごとに実施計画を作成し、オンラインもしくはセミナーによる講座を提供することで、公共機関のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を加速させる狙いだ。
他方で日本マイクロソフトが注力するのが、ユーザーコミュニティーの醸成である。「現場では『他に事例はあるか』『他の自治体や学校はどうか』などクラウド移行の検討が始まりつつある」(佐藤氏)といい、「当社はグローバルの知見を持っているのが強みの1つながらも、日本の独自性を踏まえると、そのまま適用し難い」(佐藤氏)ことから、ユーザーコミュニティーの立ち上げに注力しているという。
既に5月10日には、大学向けMicrosoft 365ユーザー会の初開催に至ったが、「われわれが想定した以上の多岐にわたる体験を共有していただいた」と、佐藤氏は感想を述べた。その他にも医師向けHoloLensユーザーコミュニティーを開始し、今後は製薬企業向け「Microsoft Teams利活用ワークショップ」、深層学習を活用した医療画像技士向けコミュニティーと順次拡大していく予定だ。
この他にもOffice 365を基盤とした公共機関向け対策支援や、デザインシンキングを用いて新たなIT活用方法を発見するワークショップを既に20件ほど実施。さらに、クラウドサービスの利用を第一候補とする「クラウド・バイ・デフォルト原則」に基づく200人の公共機関向けクラウドエキスパートの育成が完了したという。今後は米国本社と連携しながら、グローバルの知見共有を検討しているとした。佐藤氏は、「オンプレミスの知見をクラウドへ移行、もしくは新たなソリューションをパートナーとともに作るのは大きな起爆剤になる」と話し、パートナー企業との連携も強化する。ただし、2019年度の目標値は200タイトルだが、現時点では約60タイトルにとどまった。
具体的な自治体への導入事例としては、熊本市の案件が大きいという。2018年4月には「デジタルトランスフォーメーションによる働き方改革推進で連携」を発表し、2019年3月に約1万2500人の職員向けにOffice 365を導入。現在はMicrosoft Teamsによるウェブ会議、SharePointを用いた資料共有、OneNoteやYammerによる情報共有を実施している。自治体のデジタル化は住民サービスに直結するため、大きな関心が集まるところだ。
公共組織におけるITリテラシーにはばらつきがあるとされるが、佐藤氏は「全体で見ると(クラウドシフトの)検討が始まった段階。だが、熊本市など首長の方針で新しいものを使って住民サービスにつなげていこうとする首長を持つ自治体は、われわれも驚く先進的な使い方をしている。ユーザーコミュニティーを通じて事例を共有し、懸念を拭い去る活動を行っていく」と、今後の方針をつまびらかにした。
また、最高裁判所が2020年2月から一部の裁判所で民事裁判の争点整理にMicrosoft Teamsを使用することが報じられた。このように、公共機関におけるMicrosoft Teamsの利用シナリオが拡大しつつある。セキュリティーを担保した状態でのコミュニケーション促進として、医療施設内や教職員と生徒の間の連絡ツールに用いられてきた。
今後の展開に関して佐藤氏によれば、モバイルメッセージングアプリケーションの「Microsoft Kaizala」を用いた市民向けサービスや、外部委託業者との共同作業、デジタル裁判など多様な利用シナリオを想定している。「今後クラウドに移行を要望する公共機関に対して、われわれのパブリッククラウドサービス(Microsoft Azure、Microsoft 365、Dynamics 365)で課題を解決できることが立証されつつある」(佐藤氏)。その上で佐藤氏は、「日本の多様な課題解決に貢献すると同時に、『まずはマイクロソフトに相談しよう』と思われるように活動したい」と展望を語った。