前回は、なぜ日本企業の多くがDXに失敗しているのか、その背景と解決のためのプロセスの概要を紹介しました。今回からは、個々のプロセスの中身を解説します。
行動規範を明確にする
よく、日本企業のトップは「一致団結して困難に立ち向おう」「チーム全体で頑張ろう」と精神論を言いがちです。しかし、かけ声だけ勇ましいトップは、ダメなトップであることが多いのです。なぜなら、そうしたトップは具体案を示さずに「こうすべき」と言い放ち、あとは現場に丸投げするからです。
もちろん、トップであれば、「ゴール」を明確にすることは重要です。しかし、それだけでは不十分なのです。そのゴールに向かって何をすべきかの仮説を立て、それを実行するための具体案を示さなければなりません。つまり、社員に「どのように行動してほしいのか」という行動規範を明確にし、そのうえで「どの土俵で戦うか」といった経営戦略を示すのです。
では、具体的にどのような行動規範を設ければよいのでしょうか。KADOKAWA Connectedを例に紹介します。KADOKAWA Connectedの経営理念は、「人の生涯生産性を高める支援をする」です。そして、エンジニア中心の企業ですから、以下のような行動規範を掲げています。
1. 最大公約数を発明する
私たちは、すべての仕事をサービス化する。サービス化とは、利用者の立場で価値がある事を考え抜いた上で、担当する利用者にとって価値がある最大公約数を発見することである。それを発見する中から、Innovativeなサービスが作られ、ユーザー体験をUpdateしていく。そして、利害関係者、つまりお客様(社内外)、チーム、自分に対して、2年間はWin&Winの関係を作り、彼らと仲間となれるように、最大公約数を可能な限り考え抜く。
2. 規律を土台とした最高の自由
私たちは、自由と責任のバランスのとれた仕事の進め方をする。規律の上に自由があることを理解し、時間・品質・コストの妥当性を説明できるように、継続的に自ら考える。その説明力があるが故に、各々が持つ経験値や五感を最大限に生かすことができる。
3. 今の役割を楽しむ
私たちは、自分らしさを楽しむ。組織の中にはサービスのステージに応じた様々なタイプの仕事がある。やりたいから始まる、ニーズに対応する、出来るところから着手するなど、自分のリスク許容度に応じて、可能な限り自分に合った仕事を選択する。マネージメント力も一つのスペシャリストとしての能力と定義し、関わるプロジェクト/サービスの生産性と、チームメンバーの能力と連携を最大化させる。
4. チームワーク
スピード感を持って大きなことを成し遂げるためにはチームワークが重要だ。チームワークを最高にするために、各々が持つ役割と責任を明確にし、情報の民主化を徹底する。またチームワークは、設計されたコミュニケーションの上に成り立ち、運用には信頼貯金が大切である。信頼貯金は、相手への貢献や共感で増し、もしミスコミュニケーションが発生した場合には、それでカバーすることできる。私たちはこうしたチームワークの仕組みを考え、よりよい形を追求する。
5. 自分への挑戦状を持つ
私たちは、自分への挑戦状を常に持つ。市場や周囲をベンチマークにしながらも、仲間やチームへの善意を持つことを忘れない。そして過去の自分をライバルと定義し、自分のペースで成長をする。KPTを恐れずに、失敗を振り返り、挑戦をし続ける姿勢を崩さない。挑戦をすることは容易ではないため、フィジカルとメンタルのコントロール――つまりHit Point(体力)とMagic Point(精神力)――のマネージメントを日々行う。
(出典:KADOKAWA Connected)
つまり“人の生涯生産性を高める支援するためには、上記の5項目に則った行動をする必要があります”という指針であり、“KADOKAWA Connectedはこうした人材を求めています”というメッセージでもあります。そして、この行動規範に共感して集まる人材は、会社にとって有力な戦力なのです。
既存の社員でもこの行動規範が実践できない、考え方が合わない人材は卒業していきます。ですから、自然と行動規範に共感した人材が残り、組織として足並みがそろうのです。
こうした考えを“多様性がない”と指摘する声もあります。しかし、私たちの行動規範の(2)や(5)を見てください。“自由と責任のバランスのとれた仕事の進め方”や“過去の自分をライバルと定義し、自分のペースで成長をする”といった方針は、画一的な規範を押しつけるものではありません。「自分の頭で考え、自律した働き方」ができる人材であることを前提にした規範なのです。この行動規範を実践している人材に、「命令」をする必要はありません。社員一人ひとりが自立しているからこそ、うまくいくのです。