ミシガン湖畔に位置する米国第3の都市であるシカゴは、古くから内陸の交通の要衝として、米国の経済と文化の発展を支えてきた。だが、治安の悪さ、ハリケーンによる洪水被害や都市化に伴う渋滞、排気ガスの増加などの社会的な課題が山積している。このような背景を持つシカゴのスマートシティーは、深圳やトロントが目指した「経済的な発展」を主としたものではなく、「社会的課題の解決」を主としたものである。
その推進の核となる組織が、2017年にSmart Chicago CollaborativeとDigital Techなどを統合して生まれた非営利団体のCity Tech Collaborative(以下City Tech)である。City Techは、ボードメンバーに、シカゴ市とMicrosoftをはじめとしたIT企業が名を連ねている官民共同組織であり、企業間のイノベーション促進の触媒となりつつも、あくまで「市当局が主導」して、「市民の参加」を促し、市の抱える社会的な課題を解決することを目指している。また、その結果として生まれるソリューションを他の都市にも適用する目的を明示しており、シカゴの「経済的な発展」につなげる意図も感じられる。
City Techが提案するスマートモビリティーの6つの重点領域
シカゴでは、City Techを中心に幾つかのスマートシティープロジェクトが進められている。中でも、2019年4月に発表された「モビリティープロジェクト(Advanced Mobility Initiative、以下AMI)」は、3年間のロードマップのもとに、20以上の企業や組織が参加するプロジェクトとして注目を集めている。AMIのビジョンは、「都市を移動する全ての人と商品のために、よりスムーズに、より相互に接続し、より利用しやすく、より遠くまで行ける交通システムを構築すること」である。その背景には、都市化が進むにつれて顕在化したシカゴの交通事情※1がある。AMIの3年計画における6つの重点領域は以下の通りである(図1)。
※1:2018年の調査によるシカゴ住民の平均通勤時間は38分で、100万人以上の住民が毎日40分以上通勤している。ちなみに東京の通勤時間は、2013年のデータで43.8分とほぼ同程度である。
- マルチモーダル接続:マルチモーダルな交通エコシステムを構築し、シームレスな利用者の移動をサポートする
- 公共交通機関のアクセス:公共交通機関と大容量輸送の促進により、効率を改善し、通勤時間を短縮する
- 貨物:都市部への商品の効率的な配送を可能とする
- スマートインフラストラクチャー管理:相互に接続した/データ駆動型インフラストラクチャーを通じてシームレスな移動を実現する
- 電気モビリティー:民間/公共の電気モビリティー(電動車、電動バイク、充電施設)を推進することにより、持続可能性の目標を達成する
- 自動運転車/ドローンの採用:安全性とインフラストラクチャーの準備を改善するための実証実験を実施する
図1:AMIのビジョンと6つの重点施策(AMI資料より)
これら6つの領域の強化に向けた具体的な取り組みとしては、スマートパーキング、5G(第5世代移動体通信システム)マルチモーダル交通システムインフラの整備、路肩エリアの効率利用、地下鉄ラッシュ改善の運賃ディベート、センサーによる渋滞料金徴収などが実施・計画されている。また、これらの取り組みは、2000人もの市民からなるテスト協力グループ(Civic User Testing Group)のフィードバックを受けるという。
AMIは開始から1年半が経過しており、実証実験では幾つかの成果を生み出している。渋滞解消に関する実証実験では、荷物配送サービス事業者UPSの配送ルート・所用時間や路肩停止時間などを分析することで、配送が集中している道路や時間帯が可視化された。その結果をもとに、ラストワンマイルの配送効率の改善を実現するとともに、UPSの車両が渋滞を避けることが、全体的な都市の渋滞緩和につながる。また、これらのデータを配送事業者間でシェアすれば、さらなる渋滞緩和効果が見込めると考えられる。