企業セキュリティの歩き方

機動戦士ガンダムで例えるゼロトラストセキュリティの必要性--中編

武田一城

2021-02-12 06:00

 本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティを向上させていくための視点やヒントを提示する。

 今回は、前回に引き続き「機動戦士ガンダム」の世界と「ゼロトラスト」の考え方に基づくセキュリティ対策との比較をしながら理解を深めていきたい。具体的には、このアニメの世界におけるモビルスーツ(MS)を中心とした技術開発や攻防と、現代のサイバー攻撃やセキュリティ対策との相関性などを比較することで、サイバー攻撃やセキュリティ対策にそれほど詳しくない人でも、その状況の重大さや脅威を感じていただければと考えている。

短期決戦の目論見が外れたジオン軍

 このアニメの世界では、宇宙移民の国家として地球からの独立を宣言したジオン公国(ジオン軍)と地球連邦政府(地球連邦軍)が互いに試行錯誤を繰り返した。その戦いにおいて先手を取ったのは、史上初の強力なMS「ザクII」を開発し、ルウム戦役(ジオン独立戦争における大規模な交戦の1つ)において実戦配備したジオン軍だった。ジオン軍はその後も精力的に数々のMSを開発し続けたが、結局のところ地球連邦軍に敗北してしまった。

 ジオン軍の戦略における最大のポイントは、圧倒的な差のある地球連邦軍の力量を踏まえ、既存兵器では対抗が難しいことも理解した上で、MSを戦闘の主役と位置付けたことだ。そして、そのMSの優位性による短期決戦を狙ったことにある。それまでの戦闘の主役は大口径の主砲と装甲を持った宇宙戦艦であり、いわば大艦巨砲主義と言える。この兵器同士で正面から戦うには、地球連邦軍とジオン軍の間に圧倒的な差があった。

 しかし、MSに限らず新しい兵器は対策がしにくい。それ故に、防御側が未対策の兵器を開発した方が非常に有利となる。ジオン軍は、この世界で初めてMSを組織的かつ本格的に投入したルウム戦役で圧倒的な勝利を挙げ、MSの有効性を実際に証明して見せた。なお、これはMSが宇宙戦艦より強いという単純な図式ではなく、レーダーなどを無効化する「ミノフスキー粒子」(ガンダムの世界における架空の物質)という存在があることで複合的な要因からMSの有効性が成立するという、制作側の設定や企画の秀逸さがある。

 ルウム戦役での勝利は、同時に圧倒的な国力を持つ地球連邦軍にMSの有効性を知らしめることにもなった。そして、地球連邦軍が起死回生を狙って開発した新型MSがガンダムである。このガンダムは試作機という位置付けでありながら、ルウム戦役を含む「一年戦争」と呼ばれるこの戦いの最後まで大きな戦果を挙げ続けた。その要因には幸運な部分もあったものの、結果としては地球連邦軍が圧倒的な国力を背景とする戦力をそろえたことで勝利を収めた。

 地球連邦軍とジオン軍という構図は、現実世界における日本と米国の間で起きた太平洋戦争とよく似ている。当時の日本と米国は、日中戦争や主に欧州で展開されていた第二次世界大戦を背景として敵対していたが、戦争状態には無かった。日米が戦争状態に陥ったのは、旧日本軍がハワイ真珠湾へ航空兵力で攻撃を行ったことが直接的な引き金だった。それによって太平洋戦争が起こり、読者の皆さんもご存知ように、1945年に敗戦を迎えた。

 現在まで続く戦闘機や爆撃機による戦力が主力となる時代は、この真珠湾攻撃(と同日のマレー沖海戦での英国戦艦プリンス・オブ・ウェールズの撃沈)が発端となったのだ。この緒戦の勝利と敗戦へという旧日本軍の流れは、ジオン軍のルウム戦役の勝利と一年戦争の敗戦と見事に一致する。

 しかし、太平洋戦争とガンダムの一年戦争には大きな違いがある。太平洋戦争では、旧日本軍が真珠湾攻撃後も零式戦闘機に代表される兵器以外に、終戦まで新兵器を大規模には投入できなかった。一年戦争では、ジオン軍がガンダムより性能の良い新型のMSやモビルアーマー(MA:MSよりも機動性に優れた兵器)を幾つも開発した。MAは基本的に1機しか作られない高性能なものだが、戦争末期のジオン軍は量産型のMSでさえ、地球連邦軍最強のガンダムと遜色のない性能を持つものとなった。それにも関わらず、ジオン軍は敗北してしまった。

ジオン軍の失敗の考察

 ジオン軍の敗北理由を考えると、答えは結局、戦略的な失敗の積み重ねだと思われる。ガンダムという一つの局面の戦力でしかないものをあまりに意識し過ぎたのだ。地球連邦軍のMSは、中心的なガンダムやガンキャノン、ガンタンクの3機種の他には、ジムとボールの2機種しか製造していない(関連作品に登場するMSは除く)。このことを鑑みると、ジオン軍が戦局全体よりガンダム討伐という一局面を重視し過ぎたと言える。その結果、地球連邦軍に大量兵器の開発と量産の時間やジオン軍のMSに関する情報を与えてしまった。

 逆説的だが、地球連邦軍はルウム戦役の失敗からのジオン軍との新しい戦い方を学び、その戦い方に見事に適応した戦略を実行した末に勝利したと言える。具体的には、MS戦力の有効性も認め、圧倒的な試作機のガンダムを短期間に完成させたことだ。

 その上で、とんでもないMSの操作能力を発揮した「アムロ・レイ」、若者や民間出身者らで運用した強襲揚陸艦「ホワイトベース」の想定外の活躍などの幸運もあった。地球連邦軍は、ガンダムとジオン軍のMSの戦闘データ収集し、さらには宇宙戦艦を戦闘のみならずMSを戦略的に有効な地点まで運ぶ役割として再定義し、戦力を拡充するというバランスの取れた選択を行った。名人級の棋士が時折放つ「妙手」のようなものとなった。

大鑑巨砲主義とMSの有効性の対比
大鑑巨砲主義とMSの有効性の対比

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