東芝は、機器の異常検知とともに、異常発生の要因判定が可能な人工知能(AI)技術を開発し、2023年度の実用化を目指すと発表した。
同社では、機器の時系列データから機器の状態や動作を表現できる解釈性に優れた物理モデル(デジタルツイン)を自動生成し、「いつもと違う」という判断に加え、「なぜ違うか」という判定が可能になることから、インフラ機器の予知保全などに活用できるとしている。
具体的には、センサーなどを活用して、機器の温度上昇などを検知するというこれまでの仕組みにとどまらず、独自アルゴリズムのAIを活用することで、「温度上昇が埃の目詰まりに起因する」といった要因までも提示できるため、改善や対策の立案が容易になるほか、異常発生のメカニズムを複雑なインフラ機器の保全に活用できるという。
今回の技術は、研究開発センター 知能化システム研究所が開発したもので、製品やシステムの異常検知における実用性が高く、さまざまな製品やシステムへの適用が期待できるとする。今後は、社会インフラ関連製品やシステムへの適用範囲の拡大、有効性の検証を進める。「インフラサービスカンパニーとして、今回の技術の実用化により設備の信頼性を向上させ、社会インフラ強靭化への貢献が期待できる」とコメントしている。
技術の特徴
今回の技術で自動生成する物理モデルは、データ項目の相関性をネットワークで表現し、項目間の関係性を物理学や工学に基づく関数を組み合わせて、連立方程式となる。関数の組み合わせにおいては、東芝独自のAIアルゴリズムを使用。これまでは、専門知識やノウハウを持つ設計者などが、パズルのように関数を組み合わせて構築していた最適な物理モデルをAIで自動化する。
同社によると、イメージとしては、物理量が割り当てられた地点同士を結んだネットワークを考え、どの地点と関係があるか、どんな関係なのかといったことを独自AIで自動的に決めることが、今回の技術開発のポイントになる。地域に置き換えて例えると、東京と神奈川の温度には関連性がある一方、東京とニューヨークの温度には関係性がないといったように、地点差から関係性を把握して、そこから起因する要素を導き出すという。
関数の候補は、東芝が長年培った機械工学の知識に基づいて蓄積した関数データベースを活用する。温度変化のほか、異音や摩擦、摩耗といった変化に対する関数を活用することで横展開も可能といい、早く簡単に物理モデルを生成できる点が大きな特徴とする。
ここでの特徴は、3つの独自AIアルゴリズムを開発し、それを使用している点になる。3つのAIアルゴリズムは、膨大な関数の候補から正しい組み合わせを選択するAI、効率的な係数推定を行うAIに分類され、いずれもニューラルネットワークやディープラーニングのようなビッグデータの解析を対象にした技術ではなく、少数のデータを活用して、精度の高いモデルを作るというアプローチになるという。
技術の特徴
従来技術は、膨大な関数の組み合わせる作業を、関数の物理的な意味を変えずに効率的に行うことが難しかったが、関数の物理的な影響度合いを正しく考慮できる新たなスパース推定アルゴリズムを活用した。さらに、膨大な関数の候補を効率的に選択する空間探索アルゴリズム、時定数を考慮して事系列データを微分積分する前処理を加え、高精度な予測を可能にするデータ拡張アルゴリズムを組み合わせることにより、新しいAI技術を開発した。これにより、解釈性に優れた物理モデルを自動生成できたという。
さらに、従来の物理モデルの生成に必要だった機器の寸法や部品の物性データが不要で、センサーによる計測データのみで物理モデルを生成できる特徴もある。こうしたことにより、製品やシステムの運用中に、物理モデルの定期的な更新が可能になり、更新された物理モデルの変化を分析することで、製品やシステムの異常発生の予兆検知とその原因を特定できるようになった。
同社が具体的な事例として示したのが、パワーモジュールでの異常検知だ。パワーモジュールは、パワー半導体を組み合わせて、電力制御や電力供給に関わる回路を集積した部品になる。その異常検知は、温度予測が重要になるという。
新技術では、パワーモジュールに適用した物理モデルの自動生成が可能だとし、発熱チップから冷却器に熱が伝わり、空冷ファンによって冷却器から放熱される伝熱形態が正しく選択されることを確認したとのこと。生成した物理モデルは、平均誤差が1度未満で、温度変化を高精度に予測できたとする。
従来は、計算に数千~数万倍の時間を要する詳細数値シミュレーションを必要としたが、今回の技術では1~2日間かかる計算が数秒で完了する。リアルタイムな予知保全を実現することが可能になるという。
技術の特徴
製品やシステムを安全、安心に使い続けるために、機器の劣化や不具合を事前に察知し、最適な状態に管理する予知保全の重要性が高まっている。同社によると、予知保全市場は成長段階にあり、その規模は2021年の約69億ドルから、年平均成長率31%で急拡大し、2026年には世界で約282億ドルに達するとされている。
同社は、「インフラ機器などは異常発生のメカニズムが複雑なものが多く、従来の正常状態からの差異を提示する異常検知技術だけでは、改善対策の立案が難しいという課題がある。社会インフラを支える機器が、故障による中断、停止時間を削減できることに加えて、保全コストを最小化できる。高精度な予知保全技術として提案をしていく」とコメントしている。