昨今のビジネス環境は混沌(こんとん)とし、不確実性がますます高まっている。このような社会状況において、日本企業が勝ち筋をつかむには何が必要だろうか。本連載は、現代の日本企業に求められるデジタルトランスフォーメーション(DX)をどのように実践・実行し、経営層と現場層の双方にとって価値のある変革を達成するかについて、筆者らが所属するRidgelinezの社内実践などを交えつつ解説する。
Ridgelinezは、2020年に発足した総合プロフェッショナルファームだ。その中でも筆者らが所属する組織は、クライアントの伴走者として価値創出の最前線で日々DXにおける実践に最も近いフェーズを担っている。
今回は、ERP(統合基幹業務システム)を含む基幹システムの更改を迅速に実現した方法論について、Ridgelinezでの自社事例を交えて解説する。Ridgelinezは、ベンダーニュートラルの立場を取り、さまざまな技術を組み合わせつつ、「Fit to Standard」のアプローチでプロジェクトを行っている。読者の企業での取り組みにおいて参考となれば幸いだ。
「補完し合う&つながる」アーキテクチャー
Ridgelinezは、まだ設立3年目ながら、業務プロセス全体が「補完し合う&つながる」アーキテクチャーに基づき、実質6カ月の短期間で「SAP S/4HANA」をノンカスタマイズで導入した。Ridgelinezは、このような実際のプロジェクトの経験で得られた知見を体系化し、実践知として提唱している。
SAP ERPにおいては、カスタマイズやアドオンが膨らんだことで、リプレースの難易度が上がってしまったという企業が少なくないだろう。カスタマイズをすればするほど導入コストは膨れ上がり、開発期間も長期化する。だが、そもそもカスタマイズの必要性は、ERPをFit to Standardで導入することに限界があったことから生じてきたことでもある。
それならば、根本的な解決策として、アーキテクチャーのレベルから改めさえすれば、SAP S/4HANAのノンカスタマイズ導入も可能になるわけだ。
Ridgelinezは、本プロジェクトの大方針として、全体最適と全社規模の効率化を目的とし、業務プロセスの部分最適を回避すると定めた。次に、ITと業務のコンサルタントが集結してアジャイル手法によりプロジェクトを推進した結果、上述した通り、SAP S/4HANAの実質的なリリースを6カ月間で実現した。ERP導入プロジェクトを経験した読者なら、これがいかに驚異的なスピードであるか実感していただけるだろう。
ERP更改をミニマムで成し遂げる2つのポイント
本プロジェクトは、エンドツーエンドでのプロセス統合をコンセプトとしており、その中でポイントとなったのは以下の2点だ。
- ローコードプラットフォームの活用でERPのカスタマイズを極小化し、Fit to Standardを実践。同時にユーザーインターフェース/ユーザー体験(UI/UX)を追求する領域を高速にサービス化
- デファクトスタンダードなSaaS/PaaSを組み合わせるために、iPaaS(Integration Platform as a Service)をサービス間連携の基盤に。これにより、あらゆる業務領域をAPIで接続でき、RPAなどの連携で困難な柔軟性と拡張性を確保
具体的なシステム構成を見てみよう。まず中心となる財務会計領域には、ERPとしてSAP S/4HANAを採用し、システム全体のワークフローとUI/UX、プロジェクト管理などの領域にはローコードプラットフォームである「OutSystems」を用いて、システムを構築した。これらを中心としつつ、その他は業務領域に応じてさまざまなSaaSを組み合わせている。データの利用や活用の基盤は「Mirosoft Azure」を採用し、そこではビジネスインテリジェンス(BI)の仕組みも稼働している。
上記の構成では、複数のサービスが乱立することになるが、そうしたサービスそれぞれをiPaaSの「Workato」で連携させている。Workatoにより多種多様なSaaSをノーコードで接続したことで、連携の柔軟性や開発工数の削減を実現した。
エンドツーエンドのプロセス統合をデジタル技術で実現することが、データドリブンマネジメントにつながる(出典:Ridgelinez)
DXコンサルティングの観点では、「見極める力」こそが、プロジェクト全体の成否を分けると考えられる。見極める対象は、「必要なものは何か」「追加が必要なものは何か」の2つだ。前者によって稼働開始への必要十分条件を特定して、ミニマムなリリースを達成する。次に、後者によって追加部分は最適な手法を用いてアジャイルに実装していく。これを徹底することで、環境の変化に強いデジタル基盤を獲得でき、DX推進を加速できると考えられる。