仮にコンピュータが物理的に盗まれたとしても、犯人がデータにアクセスできないような方法を開発することがハードウェアベンダーやソフトウェアベンダーにとって重要だ。この方法の1つとして、フルボリューム暗号化がある。
モバイルコンピューティングがいたるところでますます普及するにつれて、こうした現象がもたらすセキュリティリスクがここ数年で広く知れわたるようになってきた。たとえば先月のComputer World誌の記事によると、事態はいくぶん改善されたとはいえ、行政機関によっては、職員が携帯用コンピュータを持ち出すことが問題になるケースが今も見られる。米国司法省が実施した監査の結果、FBIはここ4年間で月平均4台のノートパソコンを紛失し、中には機密データが保存されていたものもあるという。
これは、公共機関に限った問題ではない。ビジネスの現場でも、仕事を家や外出先で処理することはよくあるが、ときには企業の機密情報を扱ったファイルを携帯用コンピュータにコピーすることもある。また、オフィス外部から会社のLANに接続するために、VPN接続IDやLANのログイン証明書などの機密情報を携帯用PCに格納することもある。顧客の個人情報の入ったノートパソコンを金融サービス企業が紛失したといったニュースは、数カ月に1度かもっと頻繁に目にしてはいないだろうか。
モバイルコンピューティングが普及したことで、確かにいろいろ便利にはなったが、これらの携帯用システムを外に持ち出すことは、泥棒にとっても好都合となる。ノートパソコンは単にハードウェアが欲しくて盗まれることもあるが、産業スパイが横行する社会では、ハードウェアの中にある秘密情報欲しさで盗まれることもある。仮にコンピュータが物理的に盗まれたとしても、犯人がデータにアクセスできないような方法を開発することがハードウェアベンダーおよびソフトウェアベンダーにとって重要なのはこのためだ。この方法の1つとして、フルボリューム暗号化がある。
フルボリューム暗号化の仕組み
サードパーティー製の製品に、オペレーティングシステムとデータが保存されているパーティション全体を暗号化できるものがある。これによって、目的のOSにログオンできない場合にコンピュータを別のOSでブートし、そこから元のデータにアクセスする行為を防ぐことができる。
簡単にいえば、話はこうだ。ドライブ暗号化とか、(不正確だが)フルディスク暗号化とか呼ばれることもあるこの技術では、OSがインストールされているパーティションをAESなどの強力な暗号化アルゴリズムを使って暗号化する。ドライブ暗号化は「Data at rest(保存データ)」保護技術と呼ばれている。
言うまでもないことだが、OSボリュームのすべてのデータを暗号化すると、許可を受けたユーザーがコンピュータをブートするためにデータを復号化する何らかの方法が必要になる。これにはOSのブートプロセスが開始する前に鍵情報を渡すことが必要だ。これを行うには、パスワードをユーザーに求めるブートタイムドライバを用意し、USBドライバまたはその他の取り外し可能なデバイスに鍵情報を保存するか、コンピュータのハードウェアにTrusted Platform Module(TPM)を設置する。TPMとはマザーボード上のチップのことで、暗号化キーを特定のコンピュータハードウェアに関連付けることも可能なため、泥棒がハードディスクをコンピュータから取り出して別のマシンに取り付けてからデータにアクセスしようとした場合、鍵情報があってもハードディスクは機能しない。
盗まれるリスクが高いのは携帯用コンピュータであるため、フルボリューム暗号化は携帯用コンピュータにとって特に魅力がある。しかし、デスクトップコンピュータも許可を受けていない人物が物理的にアクセスできる状況にある場合、有用な技術となる。
Microsoftの取り組み
Microsoftは新しいWindows Vistaオペレーティングシステムに、BitLockerというドライブ暗号化の実装を追加した。これはTPMに対応したコンピュータで使用できるが、TPMに対応していないシステムでもUSBポートがあれば大丈夫だ。BitLockerはVistaをインストールしたブートパーティションを暗号化する。BitLockerを使用する場合、システムボリュームという1.5Gバイトの別のパーティションをディスク上に用意する必要がある。このパーティションは暗号化されないため、データの保存には使用してはならない。フォーマット形式はどちらのパーティションもNTFSとする必要がある。
BitLockerがあれば、フルドライブ暗号化を使って携帯用コンピュータを保護するため、サードパーティー製のソフトウェアを購入する必要はなくなるわけだが、ここで問題がある。BitLockerはVistaのEnterpriseバージョンとUltimateバージョンにだけしかついていないということだ。このことは中小企業にとってはあまりよろしくなく、Microsoftから事実上除外されたように感じる人もいる。BitLockerがVistaのHomeエディションにない理由は明らかなのだが、どうしてBusinessエディションにはないのか首をかしげる人も多い。ほとんどの中小企業ユーザーはBusinessエディションを使うと思われるが、これはEnterpriseエディションは小売チャネルでは手に入らず、Ultimateエディションはコスト高で、企業にとって不要でユーザーに利用させたくないMedia Centerなどの娯楽機能が付いているからだ。