iPodはなぜ強いのか? スマイルカーブとは?:流通小売業の採るべき戦略

大川淳

2007-11-12 21:16

 日本オラクルとダイヤモンド・フリードマン社は、東京都内で「変貌する市場、世界基準への挑戦」をテーマに、「Retail Summit 2007」を開催した。日本の流通小売業は、グローバル展開や業界再編など、急激な変化の波にさらされており、成長のために、この業界は、どのような戦略を打ち立て、ITをどう活用すべきか、といった課題を探った。基調講演には、東京大学大学院 経済学部研究科教授の伊藤元重氏が、「日本型小売業の世界基準への挑戦 〜変化対応力と企業革新」と題して登壇した。

 米国の流通業、ウォルマートは90年代初めに、小売業として世界一になったが、いまや、この分野の2〜6位の売上合計をも上回っている。同社は「グローバルな商品調達でも知られ、中国から年間2兆円に及ぶ商品を調達している」(伊藤教授)という。伊藤教授は、同社がこのような急成長を遂げた背景には「2つの要因がある。ひとつは、ITと技術革新、二つ目は、グローバル化だ。この二つは、相互に密接に関連している」と指摘する。

東京大学大学院 経済学部研究科教授の伊藤元重氏

 米国のサブプライムローン問題の発生により、「2008年の経済状況は厳しく予測されているが、この2〜3年の世界経済は、過去30年で最も好調だといわれてきた。それを米国が牽引していた。中国、インドも順調だったが、これら両国も米国が好調だったから伸びたといえる。米国の活況に貢献していた業界は、金融と流通だ。両者は、情報処理量が最も大きい。在庫管理、決済などさまざまな領域があるが、これらをITが変革している」(同)。「流通業が成長する要因は、高水準の調達力、店舗での販売力の二つだ。高品質で人気のあるブランドの商品があれば有利になる。しかし、ウォルマートの場合、最大の特徴は、スキルとしての販売力ではなく、情報処理能力に優れている」(同)ことだ。

 伊藤教授は「スマイルカーブ」との考え方を解説した。開発、部品製造など、いわゆる「上流」工程と、さまざまなサービスの属する「下流」では収益性が高いが、機器の組み立て、製造に従事する「中流」では低くなる現象のことで、収益性の観点で、電子機器産業のひとつの傾向を示す表現として語られ始めたといわれる。「パソコンでは、ウィンテル(マイクロソフトとインテル)はもうかるが、中間の部分はもうからない」(同)。利益率を縦軸に、横軸には左から、上流、中流、下流と配置して、グラフ化すると、笑顔のときの口の形を表すU字型の曲線になることから、こう呼ばれる。伊藤教授の語る「下流」は、一般消費者に、より近い領域、との意味を込めている。

 たとえば、アップルのiPodはなぜ強いのか。「下流でもうかる要素は3つある。品質、ビジネスモデル、ブランド力だ。音楽プレーヤーという同様の分野で、ソニーや松下電器産業は苦戦している。これら各社の製品も品質は間違いなく高い。しかし、ソニーはウォークマンの名で商品を出しているが、なぜ21世紀に、アナログ時代の名称をつけているのか。アップルは、音楽プレーヤーにマックとは名づけなかった。松下の場合、製品に力は入れているが、多くの楽曲を保存しようとすると大量のSDカードが必要になる」(同)。伊藤教授は、品質が良好でも、ビジネスモデルに欠点があったり、ブランドを上手に構築できなければ、うまくいかないと指摘、「製品とプラットフォームとビジネスモデルのバランスがよければもうかる」と強調する。

 また、伊藤教授は、日本の伝統的産業である酒造でも、次のような例を挙げた。「地方にある、とある清酒の蔵元は、百貨店などには商品を置かず、特定の料理屋には出す、というように卸を通さない。年間の売上高が20億円だが、利益は9億円で、利益率は45%に上る。他にもうまい酒はあるのだが、それほどもうかってはいない。各地の蔵元はかつて、新幹線、高速道路などがなかった頃には、全国で売るには問屋を通すしかなかったのだが、ビジネスモデルが昔と同じではもうからない。スマイルカーブを意識すべきだ」。

 流通小売業のうち、コンビニエンスストアは、これまで突出して、急成長してきたが「日本のコンビニエンスストアは明らかに飽和状態にある。だだ、ちょっとおもしろいポジションにいるともいえる」と伊藤教授は語る。ただ「まだ、得意技を活かしていない。コンビニの客のほとんどは、リピーターなのだから、もっと深堀をすべきだ」とする。コンビニの店舗は、書籍の電子商取引の窓口などにもなっているわけで、そのような取引で得られるエンドユーザーの情報を活かし、「マイストア登録だとか、さまざまな方法」(同)で、客との新たな関係を築いては、と助言する。

 たとえば、「おもしろいのはフードビジネス」(同)だという。「食の安心安全を確保するには、理想としては注文を受けてからつくることだ。弁当などをつくってから配達する」ことにはじまり、配達する商品の幅を広げていけば、「地域のネットワークさえできるかもしれない。団塊の世代がいっせいに現役を退くことが2007年問題といわれたが、あと10年もすれば、彼らは70代になり、70代が最も多い層になる。高齢者ほど、配達への需要は大きくなる。配達にはコストがかかるが、コンビニのリピーターなら近所に住んでいるのだから、配達はせいぜい1km先までですむ」。伊藤教授は「下流」を狙ったビジネスモデルはまだいろいろなパターンがあると述べ、潜在的な可能性の大きさを指摘した。

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