浸透しないSaaS
一方、この不景気にあって、Salesforce.comの2009年度売上は対前年比44%増というから大したものである。しかし、こうした一部でのSaaS浸透に対して、他の分野ではなかなか大規模なSaaS化は実感としてはない。SaaS以前に、パッケージを利用することそのものへの抵抗感も未だ強く、むしろ日本における自前開発志向の強さを感じることも多い。
その1つの理由として、日本における企業人材というものが、職業への最適化ではなく、企業への最適化という観点で育成されてきたために、業務プロセスのベスト・プラクティスという概念が発達しにくかったといことがあるだろう。特にバックオフィス系の部門においては、その企業独特の事務プロセスが確固たるものとして確立しており、その方達にこれからはSaaSだからと言っても容易に説得することは出来ない。
人材の流動化とシステムの有り方
仮に人材の流動化がより進んだとすると、企業間での事務プロセスの相違が浮き彫りとなり、その流動化した人材が持ち込むノウハウによって、時間は掛かるがベスト・プラクティス的なものが醸成されていく可能性がある。すると、そうしたベスト・プラクティスを反映したものとして開発されるパッケージ・ソフトウェア、そしてそのオンデマンド型のデリバリーモデルであるSaaSがリアリティを持つこととなる。
一方で、企業に人材が固定化すると、そこで培われる事務プロセスは企業固有のものとなる。その結果、仮にトップ企業での事務プロセスに対応したソフトウェアであっても、そのほかの企業には容易に取り込むことが困難という事態になる。
だからといって、人材の流動化が常に良いと言うわけではない。人材の流動化は、組織の意思決定と行動に関わるスピードを早めるが、組織へのロイヤリティやノウハウの集積を低下させる欠点がある。日本企業はむしろ固着化した人材をその企業に最適化したジェネラリストとして育て上げることで自社の強みとしてきたのである。
結果論としてのシステム・アーキテクチャー
こう考えてくると、システムを自前主義とするのか、あるいはSaaS型にするのか、という議論を純粋にコスト・メリットやシステム・アーキテクチャーの良し悪しで議論するのは表層的であると言えるだろう。むしろ、企業のビジネスの有り方として、人材やノウハウにおいて流動的なビジネス形態を選択する場合には、システムもパッケージやSaaSモデルが適したものとなるだろう。一方で、人材やノウハウをむしろ固定させることで強みを醸成しようという企業においてはシステムも自前主義の方が適切である。
もちろん、こうした議論はそのシステムの分野においても異なってくるので、全てにおいてこうであると言うつもりはないのだが、設備投資におけるITの位置づけが高ければ高いほど、システムのアーキテクチャーは、それ単独としてではなく、ビジネス戦略の中で議論する必要があると言えるだろう。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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