Salesforce.com主催のイベント「Dreamforce '09」で一番人を集めた講演はどれだったろうか。通常であれば、初日朝に開催される基調講演だろう。確かにあの時の人の多さはすごかった。会場は満席で、立ち見も出たほどだ。しかし個人的に筆者が席を確保するのに一番苦労し、ぎりぎりで席を替わってもらったものの立ち見を覚悟した講演は、唯一観客からスタンディングオベーションで迎えられた「普通のおじさん」によるものだった。元米国国務長官のColin Powell氏である。
Powell氏が国務長官を退任し、普通のおじさんに戻った日の朝、彼は妻にこう言った。「今日から新しい人生の始まりだ。もう私は朝5時半に起きて6時半に家を出ることはないよ」と。すると妻はその場で固まり、「この人はなぜ今まで長い間結婚生活を続けて来られたのか知らないのかしら?」という顔をした。それを察したPowell氏はあまり家にいてはいけないと思い、スポーツカーのコルベットを購入したという。
このように始まったPowell氏の普通のおじさん生活だが、今でも同氏は各地を飛び回り、世界を良くするために責任感を持って活動を続けている。Salesforce.comが就労時間の1%、株式の1%、製品の1%を社会貢献のために使うという「1/1/1モデル」を創業当初より続けているのも、きっかけは同社CEOのMarc Benioff氏がまだ「確かOなんとかという名前も忘れた会社」(Benioff氏)に勤めていた頃、Powell氏主催のイベントに出席し、そこで「ビジネスは収益を上げることだけが目的ではなく、世界を良くするためにお返しすることも必要だ」というメッセージに衝撃を受けたことから始まっているのだ。
そんなPowell氏は、デジタル化が進むこの世界をどう生きているのだろうか。
「以前はアナログ人間だったが、デジタル人間になろうと努力している」というPowell氏は、かばんの中にスマートフォンが3台も入っているという。「いろんなところでスマートフォンを差し出されて飛びつくと、実際にはサービスを購入しなくてはならないようで、結局SprintやAT&T、Verizonなどさまざまなキャリアと契約することになった」とPowell氏。「でもとても楽しいよ」と、同氏はスマートフォンの良さを学びつつあるようだ。
Powell氏がデジタル人間になろうと努力する理由のひとつに、「14歳の孫とコミュニケーションしたい」ということがある。メールで孫とのやりとりを楽しんでいたPowell氏だったが、最近では孫からメールが来なくなったという。その理由を尋ねると、「もう普通のメールなんて使わないよ。携帯電話でのテキスト(ケータイメール)のやりとりか、Tweetする(Twitterに投稿する)くらいだね」と孫からの返答。「Tweet? それは何だ?」「そこまで説明しなくちゃいけないの? とりあえずFacebookでもやってみれば?」……ここでPowell氏は、自分のデジタル化はここまでだ、Facebookなど使うものかと思った。
それが2日後、孫が「おじいちゃん、Facebookに載ってるね」と言うではないか。