任天堂が減収減益になったという発表があったせいで、Appleと任天堂を比較する記事が目に付く。TechCrunchの論調は、任天堂とAppleは違うというもの。
つまり、何十時間もプレイするロールプレイングが主戦場であるDSなどのゲームと数分間の時間潰しにプレイされるAppleのゲームでは、ジャンルが全く異なるので同列に論じられないとする。また、「モーションコントローラと非常にシンプルなゲーム」というWiiのコンセプトに追随しているのは、SonyとMicrosoftだけだとする。
確かに、そのターゲットやハードは異なっているかもしれない。しかし、その市場への参入方法を見比べてみると、結構類似点もある。それは両社ともに、前回も議論した「エクスペリエンスレイヤ」を押さえるところから入り、デバイスの魅力で顧客を囲い込んでソフトウェアのビジネスを伸ばしていること。
デバイスと豊富なコンテンツの組み合わせで顧客を囲い込むというのは、よくよく考えてみれば、もともとゲーム機業界の常套手段であるから、Appleはそれと同様の手法を取ったに過ぎないともいえるかもしれない。ただ、(最早死語かもしれないが)所謂コンピューターメーカーはオープン化とコモディティ化の流れに押し流されつつあっただけに、クローズドな世界を作り上げたAppleには意外性があった。
それ故に批判も強い。Tim O'Reillyが「Web2.0 Expo」でAppleを評して以下のように語ったことが伝えられている。
「Appleは世界制覇をもくろんでいる。App Storeプラットフォームを通じてSteve Jobsはウェブに根本的な変化をもたらそうとしている。しかしAppleには一点だけ欠けている分野がある。Appleはウェブベースのサービスの重要性を理解していない。(以下略)」
記事では、Appleがウェブベースのサービスの重要性を理解していない例として「MobileMe」を有料化したことを挙げている。MobileMeとは、カレンダー、メール、ストレージなどが一体となったサービスであるが、無料でも提供されているサービスであるが故に、O'Reillyは批判しているのだと思われる。
しかし、Appleは通常のネット系サービス企業とはその出自が異なる。それはAppleの今の成功がデバイスによる囲い込みからスタートしていることにある。一般的なウェブ系のサービスは、フリーのウェブサービスで囲い込みを実現して、その上に課金モデルを築いている。
Appleはまずはデバイスのエクスペリエンスで囲い込みを実現しているから、ウェブのサービスをあえて無料にする必要性はない。つまり、O'Reillyの考えるWeb 2.0の延長にAppleはない。
これは、O'Reillyの提示したWeb 2.0、およびその延長にある概念がもはや古いのか、それともAppleの勢いが時代に逆行する異端児に過ぎないのか。Appleは今は異端児なのかもしれないが、その勢いがO'Reillyを古いものにしてしまうのかもしれない。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。