本特集「非機能要求の鉄則3カ条」の第1回「非機能要求とは何か」では、非機能要求の概要、その重要性と難しさを中心に解説した。二者択一的な選択肢が提示しやすい機能要求と異なり、非機能要求の場合、要求ごとにレベルに違いがあり問題が生じやすい。そのため、発注者であるユーザー企業と受注者である開発ベンダーの間では、開発フェーズに入る前に、非機能要求に関する合意を図っておく必要がある。だが、合意を図ろうにも何をベースにすればよいのだろうか。
そこで今回から、非機能要求検討時における「これだけは外したくない」ポイントを“鉄則3カ条”として紹介していく。アプローチとしては、2つのシステム構築——「社会的に影響が大きいシステム=通信事業者の携帯電話システム」と「社会的な影響はさほど大きくないが、ピーク時と平常時に求められる要求の差が大きい=チケット販売システム」を例にとり、それぞれの事業コンセプトに非機能要求をいかに一致させていくかについて考えてみたい。
事業コンセプトの洗い出し
言うまでもないことだが、情報システムはユーザー企業の事業を発展させていくために使われるものである。したがってシステム構築にあたっては、その事業のどの部分をどのようにシステム化するのか、という点を最初に検討する必要がある。
では通信事業者の携帯電話システムとチケット販売システムのそれぞれについて、事業コンセプトおよびそのコンセプトで実現しなければならないことを大まかに洗い出してみよう。
通信事業者の携帯電話システム
- いつでも…携帯電話サービスは、365日24時間止まらずにいつでもつながる必要がある
- どこでも…どこから電話してもつながる必要がある
- 確実に…電話は確実に正しい相手につながる必要がある。メールは確実に正しい相手に届き、他人がアクセスできないようにする。料金は間違いなく請求される
- だれでも…新しく出したスマートフォンのサポート体制を充実させる。新機種の利用者だけでなく、従来の携帯の利用者向けにも新サービスを提供する
チケット販売システム
- いつでも…休日や夜間でも購入できるがノンストップである必要はない。ピーク時でも在庫があれば購入できる
- だれでも…日本人以外でも購入できる
- 安心して…クレジットカードなどの個人情報を扱う
- コストを安く…必要なサービスを安いコストで提供する
こうして比較してみると、社会的影響の大きさ、事業の規模、事業の提供形態、対象となる顧客などの違いによって、実現しなければならない要求のレベルが大きく異なってくるのが理解できるだろう。どちらのシステムも事業コンセプトに「いつでも」が含まれているが、サービスの中断が社会的混乱を招きかねない通信事業者の携帯電話システムと、常に稼動している状態が望ましいが、必ずしも24時間365日でなくともよいチケット販売システムでは、当然ながら実現すべきレベルに差が出るのだ。これが非機能要求の特徴ともいえる。
まず事業コンセプトをできるだけシンプルな言葉で洗い出し、情報システムで実現すべきレベルを具体的に記述することで、システム構築の際に“譲れない部分”や“ある程度の妥協を許容できる部分”が見えてきやすくなる。当然、これは開発ベンダーではなくユーザー企業側の仕事になる。事業コンセプトは企業の戦略そのものであり、ここで定義される非機能要求こそが事業の成功を大きく左右するといっても過言ではない。だからこそ、ベンダー任せにすることなく、ユーザー企業の情報システム部門と業務部門が協力して作業にあたる必要がある。