『エスケープベロシティ』解説(第4回):企業力(2)--差別化要素と稼ぎ頭は違うよ、全然違うよ

2012-01-10 13:22

 企業力の解説の続きです。前回は企業力獲得の第一歩は自社の競合群そして参照競合を明確化することだと書きました。つまり、「誰に対する差別化なのか」を明確化することが重要ということです。

 今回のポイントは「どこで差別化をするか」ということになります。ここで重要なのがムーアが頻繁に使用するコアvsコンテキストモデルです。コアとは差別化につながるすべての企業活動を差し、コンテキストはそれ以外の要素を指します。ムーアは企業力の議論においては主に「クラウン・ジュエル」という言葉を使い、製品力の議論において主に「コア」という言葉を使っていることが多いようですが、両者はほぼ同じ意味のように思えます(ちょっとこのあたりムーア氏自身にも混乱が見られるような気がします)。

 いずれにせよ、企業が差別化要素にフォーカスするのは当たり前であり、シンプルな話のよう見えますが、現実には多くの勘違いが見られます。典型的な勘違いはコア(差別化要素)とコアビジネス(稼ぎ頭)の混同です。企業が稼ぎ頭に経営資源を投入しすぎてコア(「クラウン・ジュエル」)に十分な経営資源を回せなくなることこそが企業がイノベーションを行えなく大きな理由のひとつです。

 『ライフサイクルイノベーション』においてコア(差別化要素)とコアビジネス(稼ぎ頭)に関する混乱を説明するために、ムーア氏はタイガー・ウッズのたとえ話を使っています。その時とはウッズにまつわる状況も変わってしまったので、ここでは石川遼を使ってみましょう。

 石川遼の収入の大部分はCM契約です。ゴルフの賞金も結構な金額ですが、CM契約の収入と比較すれば一桁少ないでしょう。では、石川遼は自分の資源(時間)をどのように使うべきでしょうか?ゴルフの練習をしている時間を削ってでもスポンサー探しに精を出すべきでしょうか?もちろん、そんなことはないですね。石川遼は自身のコアであるゴルフにできるだけ多くの時間を投入すべきです(スポンサー探しはアウトソースすべきです)。しかし、企業経営においては、まさに石川遼がゴルフの練習よりもスポンサー探しに時間を使っているようなケースが見られるとムーア氏は警鐘を鳴らしているわけです。

 さて、企業のコアが確定したならば、そこに経営資源を大胆に投入しなければなりません。ここで一番よくないアプローチはあらゆる機会に均等に賭けるという「安全策」です。結局、どの分野でも十分な差別化ができない可能性が高くなります(つまり、「脱出速度」に到達できない状況です)。つまり、一見、「安全策」に見えるやり方が最も危険ということになります。本来行なうべきは少数のコアに対する大胆な賭けです。

 ここで必要になるのが「一にリーダーシップ、二にマネージメント」の考え方です。リーダーとは企業が進む方向を決める人で、マネージャーとはその方向に安全に進めてくれる人です。多くの企業は「一にマネージメント」のやり方で行こうとしますが、これは市場カテゴリーが成熟化しており、周期的な成長を享受しながらコスト削減を続けていくようなタイプの企業には向いていますが、変化が激しい市場カテゴリーには向いていません。

 言うまでもなく「一にリーダーシップ、二にマネージメント」のやり方で成功した企業の典型例はAppleです。ジョブズ亡き後、マネージメントの方は問題ないとしてもリーダーシップの方がどうなってしまうのかは心配なところではあります。

 次回は市場力について解説します。

関連記事:

ZDNet Japan編集部:本稿はブログ「栗原潔のIT弁理士日記」からの転載です。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

Keep up with ZDNet Japan
ZDNet JapanはFacebookページTwitterRSSNewsletter(メールマガジン)でも情報を配信しています。現在閲覧中の記事は、画面下部の「Meebo Bar」を通じてソーシャルメディアで共有できます。

ZDNET Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

ホワイトペーパー

新着

ランキング

  1. セキュリティ

    「デジタル・フォレンジック」から始まるセキュリティ災禍論--活用したいIT業界の防災マニュアル

  2. 運用管理

    「無線LANがつながらない」という問い合わせにAIで対応、トラブル解決の切り札とは

  3. 運用管理

    Oracle DatabaseのAzure移行時におけるポイント、移行前に確認しておきたい障害対策

  4. 運用管理

    Google Chrome ブラウザ がセキュリティを強化、ゼロトラスト移行で高まるブラウザの重要性

  5. ビジネスアプリケーション

    技術進化でさらに発展するデータサイエンス/アナリティクス、最新の6大トレンドを解説

ZDNET Japan クイックポール

自社にとって最大のセキュリティ脅威は何ですか

NEWSLETTERS

エンタープライズ・コンピューティングの最前線を配信

ZDNET Japanは、CIOとITマネージャーを対象に、ビジネス課題の解決とITを活用した新たな価値創造を支援します。
ITビジネス全般については、CNET Japanをご覧ください。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]