解説:アップル対サムスン裁判の東京地裁判決を分析

栗原潔 (テックバイザージェイピー) 2012年09月06日 18時36分

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先日のアップル対サムスン特許訴訟の判決文(PDF)がもう裁判所のサイトにアップされてます。最近は知財系の重要判決がわりとすぐにネットで公開されるケースが増えてきたのは喜ばしい限りです。とは言え、判決が出てもなかなか判決文が公開されないこともありますし(Winny裁判の最高裁判決はかなり時間がかかった記憶があります)、米国のように裁判の途中経過が見られるわけではないので、やはり今以上の改善を望むところです。

本判決は世間的な注目度も高いので早期に公開されたものと思いますが、内容的には普通の特許侵害訴訟で、特別な論点があるわけでもなく、正直それほど興味深い内容ではありません

さて、本特許は、スマートフォンとPCの間のメディアファイルの同期に関するものです。

争点になっているクレームのひとつ(請求項11)を例に取り説明します。

メディアプレーヤーのメディアコンテンツをホストコンピュータとシンクロする方法であって,前記メディアプレーヤーが前記ホストコンピュータに接続されたことを検出し,前記メディアプレーヤーはプレーヤーメディア情報を記憶しており,前記ホストコンピュータはホストメディア情報を記憶しており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは,前記メディアプレーヤーにより再生可能なコンテンツの1つであるメディアアイテム毎に,メディアアイテムの属性として少なくともタイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えており,該品質上の特徴には,ビットレート,サンプルレート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,および総時間のうちの少なくとも1つが含まれており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう方法

わかりにくいですが、要は、(スマホ等の)メディアプレイヤーと母艦PCで音楽・動画ファイルの同期を行なう時に、タイトルやアーティスト名だけではなく、ビットレートやEQ設定なども含めて同じコンテンツかどうかを判断するというアイデアのようです(進歩性について疑義があるような気もしますが、この裁判ではサムスンのシステムが本発明の範囲に含まれないことが認定されていますので、進歩性を問題にするまでもありませんでした。)

一般に特許侵害訴訟で侵害を判定する場合には、クレームの内容を構成要素(構成要件と言ったり発明特定事項と言ったりします)に分解し、原則としてそのすべてを被告が実施している時のみ侵害が認定されます(「オールエレメントルール」)。

この裁判では、以下のように分解してサムスンのスマホと同期ソフトがそのすべてを実施しているかどうかが検討されました。

A1 メディアプレーヤーのメディアコンテンツをホストコンピュータとシンクロする方法であって, B1 前記メディアプレーヤーが前記ホストコンピュータに接続されたことを検出し, C1 前記メディアプレーヤーはプレーヤーメディア情報を記憶しており, D1 前記ホストコンピュータはホストメディア情報を記憶しており, E1 前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは,前記メディアプレーヤーにより再生可能なコンテンツの1つであるメディアアイテム毎に,メディアアイテムの属性として少なくともタイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えており, F1 該品質上の特徴には,ビットレート,サンプルレート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,および総時間のうちの少なくとも1つが含まれており, G1 前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう方法。

結論としてはサムスンの同期ソフトでは、ファイル名とファイルサイズだけを見て同期を行なっているので(まあ普通のやり方ですね)、上記G1の構成要件を満たしておらず、侵害はない(正確に言うと、この発明の技術的範囲に属さない)とされました。今回の裁判の対象になった他のクレームについてもほぼ同様です。

要はサムスンの同期システムは昔からある同期の公知技術をそのままやっているだけなので、これで侵害を認めるさせるのは無理筋と思います(仮に、強引な解釈で侵害を認めさせたところで、今度はアップルの特許の進歩性が疑われる結果になってしまいます)。

なお、この裁判では、間接侵害(この特許の侵害により、スマホ本体の販売等も差止められるか)や損害賠償額算定の根拠等も論じられていますが、そもそも、侵害が発生していないので議論するまでもありません。

また、twitter等でサムスンが日立からライセンスを受けているので侵害にあたらなかったというような情報が流れていたと思いますが、判決文からはそのような情報は見あたりません(そもそも、他社からライセンスを受けていても(そのライセンスがアップル由来のものでない限り)侵害を否定する理由にはなりません。)

正直、そもそもアップルは何でこんな弱い特許で侵害訴訟したのかという気がします。まあ軽くジャブを出してみた(そして、サムスンに軽くかわされた)という感じかと思います。今後は、例の「バウンスバック」特許等のもう少し強力な特許の判決が出るはずなので、それを待ちたいと思います。

ところで、アップルは日本でもiPhoneやiPadの筐体関係の意匠登録を結構持っています。これに基づいた訴訟が提起されているかどうかも気になるところですが、これを調べようと思うと、裁判所に出向いて1日がかりということになってしまうので、利害関係者でも何でもない自分はさすがにそこまではできません(そして、もし利害関係者であるならば調べた内容をブログに書いたりはしませんので、結局全然情報が流通しないことになります。)

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編集部:本稿はブログ「栗原潔のIT弁理士日記」から、内容を一部変更して転載しています。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

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