米IBMが“コグニティブ(認知型)コンピューティング”と呼ぶ「Watson」。2011年に米国のクイズ番組「Jeopardy!」でクイズ王に勝利したことで“質疑応答システム”のイメージが強いが、現在では医療、金融、小売りなどさまざまな業界で実用的なアプリケーションに利用されている(関連記事)。また、国内ではソフトバンクテレコムと提携し、日本語の学習を進めている。Watson部門の最高技術責任者(CTO)であるRob High氏に、Watsonが実用化に至るまでの進化について話を聞いた。
--クイズ番組に回答をしていた時代から、医療や金融などの分野で実用化されている現在のWatsonに至るまでに、どのような技術革新があったのでしょうか。
IBMフェロー兼バイスプレジデント兼CTO Rob High氏
クイズ番組に出演していた当時のWatsonは、出題された質問文のテキストを構文解析し、過去に出題された大量の問題を参照して最適な回答を導き出すだけのシステムでした。現在のWatsonは、回答できる質問の幅、回答を推論する深さの2方向で進化しています。
“幅”の面では、クイズの過去問だけでなく、さまざまな業界でその業界特有のビジネス課題に対してアドバイスができるように、知識のインプットを続けてきました。具体的には、医師が患者に適切な治療を提案することを支援するために、医療の情報を大量に学習しています。また金融の分野では、金融リスクを分析して最も効率のよい資産運用方法を導き出すための知識を学習しており、富裕層などに投資のアドバイスができます。
推論の“深さ”も大きな技術革新がありました。当時は文字で記述された情報から学ぶだけでしたが、今のWatsonは、人間のさまざまな表現様式を認識して回答すべきことを推論する力を備えています。例えば、人間の表情やジェスチャー、言葉の抑揚から話し手の緊張度合、感情を理解して、回答すべき言葉を推論できます。
--Watsonを“コグニティブコンピューティング”と位置付けていますが“人工知能”とは何が違うのですか。
コグニティブコンピューティングの狙いは“人の認知を増幅すること”にあります。つまり、人工知能のように人の脳、思考を代替するものではなく、人が正確な情報に基づいてより良い判断、決断ができるように支援するものがコグニティブコンピューティングのWatsonです。
言うなれば、Watsonは“特定の分野の専門家”でしょうか。専門家の素質とは、その道の専門知識を有し、質問に対して科学的な根拠に基づいた回答ができることです。加えて、どのような推論でその結論に至ったのかを説明できるのも専門家の素質であり、その結論の信頼度や確度を提示できる力も必要です。Watsonは、そのような素質を備えたコンピュータであり、インプットした大量の情報を根拠として1つの回答を導き出します。
--政治や宗教などのように専門家の間でも解釈が分かれるような質問に対して、Watsonはどのように回答するのでしょうか。
Watsonが導き出す回答の根拠は、あくまでWatsonが読み込んだ文献です。ですから、その領域で絶対的に信頼されている考え方とその科学的根拠が含まれている、質の高い文献をインプットすることが重要です。
Watsonは多数の機関で使われていますが、われわれはどの機関に対しても、その機関向けに独自の学習をしたWatsonを提供しています。Watsonをがん患者の診断に活用している医療機関に対しては、腫瘍学の世界で絶対的に信頼されている文献を厳選して読み込み、その分野で今現在最善とされる治療法を回答します。
--Watsonの日本語化についてはどのようなチャレンジがあるのでしょうか。
現在、ソフトバンクテレコムと提携してWatsonに日本語を学習させています。2016年4月までには、日本語での商用利用を可能にする予定です。
日本語化にあたっては、日本語という言語の理解だけでなく、日本文化を認識できるようにWatsonをトレーニングしています。“おじぎ”など、日本固有の文化的なシグナルを敏感に感じ取れることを目指しています。