OSS普及には強力なリーダーが必要
吉田:OpenStackに限らず、オープンソースが盛り上がっていない、エンタープライズで使われていないというのは、10年くらい前からずっと言われて続けています。では、10年前はどんな状況だったかと振り返ると、「PostgreSQL、MySQLは企業で使って大丈夫か?」という議論をしていたわけです。それから10年、今となってはPostgreSQLもMySQLも当たり前のようにエンタープライズで使われています。
成迫:PostgreSQL、MySQLが認知されてから抵抗なく使われるようになるまで10年かかった。この時間軸で考えると、2010年にOpenStackが登場してから6年なので、そろそろでしょうか。
吉田:PostgreSQLやMySQLが何もせずに日本のエンタープライズに普及したわけではありません。10年間で何が行われていたかというと、PostgreSQLでは石井達夫さんという人が主導してユーザーコミュニティを盛り上げました。また、EnterpriseDB社がPostgreSQLをベースにしたOracle Database互換の商用ソフトを出したこともエンタープライズへの導入拡大につながりました。
また、MySQLの普及についてはオラクルの買収が大きかった。MySQL ABがシリコンバレーに進出してサン・マイクロシステムズの目に止まり買収され、その後2010年にオラクルがサン・マイクロシステムズを買収したわけですが、オラクルがMySQLをどうしたかというと、まだ大事に残しています。オラクルにとっても価値のあるデータベースだったし、MySQLもオラクルの買収によって地位が上がりました。
成迫:そうなると、これまでのケースでは、エンタープライズに普及したオープンソースには、コミュニティをけん引する強力なリーダーが存在したということでしょうか。
吉田:そうですね。Linuxはリーナス・トーバルズさんとその周辺の人たちが引っ張ってきましたし、PostgreSQLには石井さん、MySQLにはサン・マイクロシステムとオラクルとったけん引役がいました。
成迫:じゃあ、OpenStackのけん引役は誰なん。でしょう。OpenStackプレーヤーには、IT業界のビッグネームが集まっている気がしますが。
吉田:OpenStackエコシステムの主導権争いは常にあるようですね。その証拠に、各社「われわれが一番コントリビュートしている」と必ずアピールしている。日本のベンダーでさえ「日本では一番だ」と言う。では、コントリビュートした数が一番多かったからといって、コミュニティやエコシステムをけん引しているのかというと、それはまた別です。
Hadoopの例では、マーケットのけん引役が決まりつつあります。クラウディアやホートンワークス、日本ではNTTデータがHadoopを引っ張っており、このプレーヤーたちがマーケットを作っているのだと顔が見えています。一方でOpenStackのけん引役の顔がまだ見えません。
成迫:OpenStackは、Hadoopのように領域が限定されたものでなく幅広いため顔が見えづらいというのもありますが、何よりも、まだ、OpenStackへの投資を回収できた企業がないのです。Red Hatでさえ、OpenStackの採算化はこれからだと言っているくらいですから。
この先、ビジネスとしてOpenStackに再投資してマーケットを引っ張っていく企業が現れるのでしょうが、今はまだ誰なのかはっきりしていません。
吉田:誰になるんでしょうね。OpenStackは幅広いですから、機能ごとに旗振り役がいてもいいと思うんですよ。SDN領域は、富士通が出資しているOpenStackネットワーク専業のミドクラが引っ張っていくとか。
ミドクラの「MidoNet」が認知されてエンタープライズに普及し、それだけだと使えないからMidoNetに紐づく形でほかのOpenStackコンポーネントが導入されていくかもしれない。OpenStackにスタープロダクト、スター企業、あるいはスターエンジニアが生まれていく構図が必要なのだと思います。
自治体クラウドの基盤にOpenStackは最適だ
成迫:OpenStack+Cephの事例が増えるだけでも、エンタープライズでのOpenStack普及の起爆剤になると思うんですよ。
エンタープライズITで一番悩ましいのはストレージ。ネットワークは止まったら大騒ぎにはなるのですが復旧すればまた繋がります。でも、ストレージにあるデータが壊れたらリカバリできない場合もあるわけです。企業にとってデータは重要ですから、ストレージをOpenStackで構築するのは相当ハードルが高い。だから高価なSANストレージなどを使うことになるのです。
これは、一般エンタープライズがOpenStackに何を求めているのかという論題になりますが、低コストにIaaSを作ろうという目的でOpenStackを活用する場合、ストレージだけ従来システムを使うことになればコスト圧縮効果はあまり期待できません。だから、OpenStack+Cephの有力な事例があってほしい。
吉田:OpenStackをどういう場面で使いたいかを考えてみたのですが、地方自治体が地元の企業向けのプライベートクラウド構築しようというケースで、ここにOpenStackが最適ではないでしょうか。
地方自治体のクラウドは税金で運営することになるので、海外ベンダーのクラウドに出すのはどうなのかという議論になり、ローカルの、地元のデータセンターにインフラを置くのが自然な流れでしょう。地元のデータセンターにプライベートクラウドを作る、予算が限られているので高いソフトは使えないとなるとここでOpenStackの出番です。
成迫:確かに。市や県が地元の企業用のクラウドを作ろうという際、お金も人材も潤沢ではないけど、自治体の内部にインフラを置きたいというニーズだけがある。仕組みは特別なものでなくてもいい。それなら、いろんな自治体で同じものを使えばいい。
各自治体が同じOpenStackベースのプライベートクラウドを使えば、運用などで困ったときに、自治体間でコミュニケーションし、ノウハウを共有することで解決できますね。
吉田:徳島県庁が、オープンソースのCMSやグループウェア、SNSなどを自治体で導入しやすい形にパッケージした「自治体OSSキット」を提供しています。これのOpenStack版があればいい。
成迫:全国の自治体がOpenStackベースの共通のクラウドを運用していれば、自治体間で相互にディザスタリカバリもできます。高知市のOpenStack上のバックアップを仙台市のOpenStack上に置くとか。
吉田:地方にクラウドエンジニアが足りないという問題も解決できそうですよ。各自治体にいるエンジニアは1~2人でも、全国でコミュニティを作れば相当数になります。全国共通のOpenStack自治体クラウドについて、例えばネットワークのことは千葉の人が詳しい、ストレージのことは静岡の人に聞こう、こんな風にユーザーコミュニティの力を活用すればいいのです。
自治体でうまく活用されて、先ほどのOpenStack+Cephの有力な事例になれば、一般エンタープライズもOpenStackを使いたくなるでしょう。ベースは自治体で作り、一般企業では使い方が違う部分があるのでここをベンダーが支援すればいい。
成迫:地元の企業が使うだけではあまりスケールしないでしょうから、この自治体OpenStackクラウドをオープンデータの基盤にも使うといいでしょうね。この先、自治体にも地域内のIoTデータなどが蓄積されていくわけです。これはオープン化しないと公共や企業の利益にならない。大量のオープンデータを扱うようになると、システムのスケールアウトが必要になり、ますます高価なストレージ装置は使えなくなりますから、OpenStackを使う意義がさらに強まります。